私もわりと神さんとつながらして頂いているとでも言うか、お助けを受けたり、間違った方向に行こうとすると、そっちに行くと神様の御加護がなくなると(虫の)知らせがある。

しかし神さんも手足が無いので、人間に頼らざるを得ない面があり、はがゆいことだろうと思うが、私は神様の下働きをさせてもらっているつもりである。

若い頃は変な話し、自分はキリストの再来かも、と思っていて、あっちの病院に入ったり、人生遠回りをしたように思うが、下働きに徹するようになって次第に人生は好転しだして、遠回りも大いに役立っている。

この書は全編、著者と神さんの交流の話しで、それもかなり直接的な交流である。私はとてもそんなことにはならないで欲しいが、そういうのが必要と神さんが先ず著者を選んで、そういうのを広げていこうとされているように思った。

理由は近々、この世の中がぐれんとひっくり返って、メービウスの帯のようになり、我の無い人と、我の強い人とがほとんど裏と表になってメービウスの帯を2周でもしないと没交渉になるのではないか、ということである。

キリストも言ってたかと思うが、人は熱いか冷たいかにはっきり分かれているとそういうこともやりやすいのであるが、ぬるい人が大勢いると神さんもぐれんがやりにくいとお察しするのである。

そういう意味でこの書はどっちにいきたいですか、という踏み絵の一つではないかと思うのである。

神様につながった電話