気まぐれ何でも館:(603)岡野弘彦(飛天)(10)
羊頭を道にかかげて売る男あくびの後の涙垂りゐる
あざむきてなほやさしかりにし女ありき旅の夕べに思ふはすべなき
積乱雲わきてくづるる連山のいただき遠く晴れわたるなり
いただきに立てる童子をわが呼べばこだまのごとく彼ら答ふる
呼び交(か)ひてのちさびしからむに峡ふかく住みなれて子は人を恋ほしむ
千年の闇の底ひに横たはる寝釈迦のかたち白く浮きくる
昔びと身をくるしめて刻みたる仏の顔の何ぞしづけき
業ふかきわれと思ふにほれぼれと旅の仏の前に佇(た)ちゐる
めぐりゐる山脈(なみ)の影さえざえと映して湖は暮れそむるなり
軒低き土室(つちむろ)の家築(つ)きつらね峡の草地に人住みにけり
山ひだの翳りしづけき昼たけて羊のむれは谷にくだりぬ
古き銭買へと迫れる村の子のひび切れし手に触りておどろく
14.7.26 抱拙庵にて。