気まぐれ何でも館:(602)岡野弘彦(飛天)(9)
  
 うぶすなの森の夕べにしのびきて祭りの笛を吹く細き指
  
 身を責めて生きるよりすべなかるべし執ねき生きをとげむとぞする
  
 豊かなる世にながらへて暗殺を思ふこころを押しひしぐなり
  
 燈の下に心なぎゐて人の世のあはれを思ふわれや老いたる
  
 夕映えの丘にそばだつ忠魂碑しづまりがたきこころ見えくる
  
 ぼろぼろの戦艦大和またたきの間(ひま)にし見たる蒼きされかうべ
  
 晴れとほる洋(わた)の底ひに沈み入り肌冷えてこし者を抱きしむ
  
 はろばろと海越えてゆく鶴(たづ)むらの雲に入るまで眼放たずゐる
  
 すずかけの鈴ゆるる街上海のゆふべしぐれは道ぬらし過ぐ
  
 夾竹桃はなむら冴えて咲く下に魯迅の墓の石低くある
  
 蟹を喰ひすつぽんを喰ひ飽くことなきこのたのしさをわかちあふ卓
  
 贅(ぜい)肉を持たざる民のさはやかさ流るるごとき若きら歩む
  
 英語にて話しかけくる青年と黄河の波の荒るるを見てゐつ
  
14.7.19 抱拙庵にて。