気まぐれ何でも館:(601)岡野弘彦(飛天)(8)
  
 とめどなきまどひのすゑの眼のやりどそよぎしづまる芦むらあはれ
  
 ただひとり炉火を守れる母親の髪ほうほうと風に吹かるる
  
 犬猫も子らも遊ばずなりはてて桃咲く村の昼しづかなり
  
 あたたかき春日照りしむ庭の上に土いでし蟇(がま)肌乾きゐる
  
 梨すもも花咲ききほふ山の村に着ぶくれし子ら手をふりてゐる
  
 陽に照りてあをすぢあげはゆらぎゆく真昼の森に入りて帰らず
  
 梅雨(つゆ)ふかき夜の鶏舎に臭ひたつ羽根ぼろぼろのほの白き鶏(とり)
  
 かなしみの翼(つばさ)を伏せておほみづあを霧ふかき夜の窓にうごかぬ
  (足立註:おほみづあを=オオミズアオは薄青い色をした大きな蛾である)
  
 幾人(いくたり)を心にもちて夕庭に焚くむかへ火のほむら澄みくる
  
 盆すぎて荒るる野山に照りしらむ陽のおとろへの日ごとさみしき
  
 空に湧く精霊とんぼ戦ひの日の友を葬りて帰りくる道
  
14.7.12 抱拙庵にて。