気まぐれ何でも館:(599)岡野弘彦(飛天)(6)
  
 息つめて見まもりてをり夕浪に沈みし鳥のまだ浮かびこぬ
  
 まかがやく雪野を流れこし川のひと筋あをく湖(うみ)にそそげり
  
 外燈の光の中に降りしきる雪とめどなし大井出石(いづるし)町
  (足立註:大井出石町にかつて師の釈超空が住んでいた)
  
 先生のしはぶきの声きこゆるとときめきて門の前に立ちゐる
  
 三十年(みそとせ)はまたたきの間ぞひつたりととざせる門の内の闇見ゆ
  
 師のかたへに心きほひてありし日のわがこころざしおよそむなしき
  
 家々のあかりほのかにとどく路地夢のごとくに雪ふるいづる
  
 淡雪に濡れて光れる敷石のこの道ふみて帰り来ましき
  
 寺庭に石の仏の首折れて立つあはれさを見ていましけり
  
 家裏を流るる川の夜のひびきうつつならねどなほ聞えをり
  
 山茶花のこずゑの花の夕かげに色たつ見れば去りがたきかも
  
 旅終へし夜の浴槽(ゆぶね)にひたひたと肌への布をすすぎいましき
  
 天井に綱はりわたし干す物の雫にぬれて臥していましき
  
 帰りきて家職を継げといふ父の後姿(うしろ)さびしきに別れきにけり
  (足立註:著者は神社の一人息子であった)
  
14.6.26 抱拙庵にて