気まぐれ何でも館:(594)岡野弘彦(飛天)(1)
  
 狐火の尾根こゆる夜を抱かれゐる叔母の胸乳のほてりかなしき
  
 母恋ふる空のまほらにとめどなく湧く秋あかね何とすべけむ
  
 背戸の木に身をしぼり鳴く山鳩を親よびて鳴く声とおもへり
  
 御詠歌を歌ふ祖母(おばば)の膝のうへ眠りさめてもまだうたひゐる
  
 夢のまた夢つはぶきの坪庭に灯ともりそめて母泣きたまふ
  
 くるほしく息ひそめゐぬをだまきの紫の瞳(め)のゆるる夕べに
  
 あどけなくほろりと見せし幼な乳うつぎの花の紅をかなしむ
  
 思ひでて乏しき豆を煎(い)らむとす節分の後の暗き厨(くりや)べ
  
 病む妻のくるしく鼾(いび)くかたはらに歌選(え)るわれの指こごえくる
  
 暮れわたる海のしづかさおのづから祈りのごとく眼とぢをりたり
  
 うちつれて海越えてゆく白鳥の発ちゆきし空月さえわたる
  
 ひもじくて若き日過ぎし悔しさを沁(し)みて思へと馬酔木(あしび)花さく
  
14.5.25 抱拙庵にて。