工学部の学生さんには面白いと思う。工学部で教えている私には大いに参考になった。工学部で数学を教えている数学科出身の頭カチカチ以外の先生にも大いに参考になると思う。
  
著者は色々寄り道?をしている人である。私もそう。だから共感するところが多い。数学科出身で数学の研究一筋という人は、数学科だけでなく工学部を教えるケースが多いと思うが、教え方が数学科と工学部では異なるべきという認識を持っていない人が多いように思う。数学科は数学を作り出していく所、工学部は数学は本質的に道具だから数学に対しての取り扱いが真逆とまではいかないかもしれないが、かなり違うはずである。包丁を作る人と包丁を使って料理する人を連想すればよい。だから教え方もかなり大胆に違うものだと思う。
  
標題は食える数学、ということであるが、数学の研究をする人は普通研究・教育のやりやすい大学の常勤の教員になる。歳をとるにしたがって研究・教育より雑用が増えてくる。(人によって違うのだが教育は自分の研究にプラスになることが多いので、雑用ではないはずである)そういうことを人並みにこなしていたら飯は食えるし、家族も養える。それが嫌なら、つまり研究に専念したいのなら非常勤講師で数学を教えることになろうと思うが、家族がいる場合、非常勤だけで飯を食うのは並大抵ではない。配偶者も働けばどうかしらないが。つまり研究に専念するのとはほど遠いことになる。ただ人間関係で言うと学生さんを講義の時に相手にするだけだから人的ストレスはほとんどない。私の場合はやむを得ない事情であちこちの非常勤講師を週2コマを4日こなしてあと高校生を教えるバイトをやって週6~7日働いている時期がかなり続いて、離婚してから週4日の非常勤だけにして、63才で1箇所が定年になり、その時から年金の一部が入るようになり、65才から年金が満額になったのを機に、非常勤を週前期2日、後期1日にした。研究の進むことは自分でも恐ろしい程だ。つまり常勤の教員になるのがお勧めコース。歳をとってから次第に油が乗ってくる私のような者もいるだろうが、大部分の数学者は問題の種切れかもしれないが、研究をあまりしなくなるので、若い頃に論文をそこそこ書いて常勤教員になれば、数学で一生食えるということである。退職後は年金が贅沢をしなければ食える程はあるので。今は団塊の世代がどんどん定年になっているので、チャンス到来である。
  
そういう意味とは別に、金になる数学というものがある。IT時代に必須の暗号理論は整数論や代数幾何の深い結果を使うし、断層撮影などにはラドン変換、それを扱うのにフーリエ解析などを使うし、関数論などはあちこちで使われている。金融工学には伊藤清さんの確率微分方程式が使われている。もっとも伊藤さんはそういうのを危惧していたらしいが。金になるのは別に善なる結果を生み出す訳ではないのである。統計学は数学に入れない人もいるが、他分野の研究者の自説を根拠付けるアクセサリーになっていたりする。私は金には縁の無さそうな多変数複素解析を研究しているが、回り回って物理に使われて物理学者を食わせ、それが工学的に応用されて金になることが全くないとも言えない。現今はとにかく研究費を取れる数学が重視される傾向にあり、世も末だと思うが、私はアバウトに言えばどこからも援助は無い独立系の街の数学者だから、金になる=食える数学をあまり強調したくはないとは思いつつ、我関せずである。この本には金になる=食える数学について無邪気に解説されている。そういうのが好みの人には大いに参考になると思う。

食える数学