気まぐれ何でも館:(574)至福の旅びと(篠弘歌集)(最終回)
  
 一車線にくるまが収斂されてゆく道路の律(りつ)をホテルより見つ
  
 鉄と水擦れあひにほふ地下鉄に熱きことばを告げられている
  
 とどめうる些事にはあらず出版の雑高書低に苛立てる日々
   (著者註:雑高書低=雑誌が好調で、書籍がゆきなやむ現況)
  
 システムにしだいに与(くみ)し損ねたる古代朝鮮史まなべる友が
  
 厚塗りに褐色盛りておのれ描(か)く片耳削ぎしのちのさびしさ
  
 鬱状のゴッホが捉へし葡萄畑からくれなゐに染まる農婦ら
  
 空低く畑わたりゆく烏群れゴッホはつひに聖母を描かず
  
 さながらに渦巻き状に星めぐるゴッホにたぎつ終(つひ)の幻覚
  
 本葬に行けざりしかば屋上に名を喚ばひつつ人を悼まむ
  
 職退きて得たる自由を確言すわれを鎮めむと訪(と)ひこし友や
  
 巨大なる架橋のロープ垂れ下がりわれにまつはる海の蚊一つ
  
 ゆくりなく酔ひにまかせて入り来たる竹芝桟橋に魚は匂はず
  
14.1.5 抱拙庵にて。