気まぐれ何でも館:(571)至福の旅びと(篠弘歌集)(9)
  
 その父を亡くせし秘書が出勤しわが受話器より拭きはじめたり
  
 原案の企画書を裂くシュレッダーたやすくも初志消えゆくごとし
  
 つのりくる政治不安やなが雨に金木犀はかをらずに過ぐ
  
 聞くのみにをれば黙諾与ふるや語気ぎしぎしとものを言ふ舌
  
 録画にて聞く声われのものならず早口のとき上擦りたりし
  
 肺癌の翳りを見せず飾るべき遺影をみづから撮りて逝きたり
  
 十年をかけて千点の薔薇撮りし森田の遺作集パリからも出づ
  
 すでにその国費はなけれ杯あげてエルミタージュの自衛訴ふ
  
 研究者(キューレイタ)つづけたからむに館長となれば催事(さいじ)に外貨をあつむ
  
 海外に主たる展示を携へてエルミタージュは蛻(もぬ)けなりしや
  
 各国が収蔵品を返せといふ日々に惑ふやエルミタージュは
  
 ウクライナにかつて返せる銀飾板党の幹部が分けしと洩らす
  
 体制の揺らぐとはいへスキタイの金器まもると肉厚きこゑ
  
13.12.14 抱拙庵にて。