私は獣肉は控えるようになりました。野菜+鶏肉・魚肉をおかずとして、ご飯を食べています。しかも比較的少食です。間食は果物関係や乾燥野菜チップスとレーズンとかが多いです。
年齢的なもの(現在66歳)もありますが、体調がすこぶる良くなりました。体重は少し減りましたが、ダイエットの目的ではありません。近頃一昔前の日本食が見直されていますが、まあその線に沿った考えですね。
こういうのが出来るのは一人暮らしで、週1~2回大学に教えに行く程度だから可能なのかもしれません。基本はお腹が減ったら食べるということで、時間が一定してないんですが、会社員なら不可能に近いかも。
それと昔から獣肉を食べるときにむごたらしいシーンが頭に浮かぶんですね。鶏肉・魚肉にはさ程ないんです。日月神示に日本人は4つ足を食っちゃならん、的なことが書いてあるのですが、何となくそうかもねと納得できます。
明治以前は日本人は牛馬は田を耕したり、荷物輸送のために家の一角に飼っていて、食べるものという感覚はなく、牛乳は仔牛が飲むもので、明治以降かもしれませんが、鶏は卵目的で、お客さんがあれば潰して食べる、魚はご馳走であったようで、あと味噌汁と漬け物とご飯、こういう食生活は皆が出来たわけではないでしょうが、日本人に刷り込まれた食文化みたいなものですね。
牛はやたらと牧草や穀類などを食べて、カロリーベースで言うと、牛肉を食べるのはエコ的ではないですが、西洋が何故牛の放牧が昔からやられていたかというと、日本の温暖多湿な気候に反し、寒冷乾燥した気候に関係があります。日本は春はやわらかい草が生えてきますが、夏場になると牛などがとても食べられない草がどんどん成長しますが、西洋はそういうことはなく、牧草地以外でも森の下草は日本のようにボウボウにならず放牧に向いているんですね。だから家族同様のめんこいべか子というよりか、美味しそうな牛が草を食べてるね、という感覚のようです。
だから西洋の家庭料理はステーキも食べるでしょうが、めんたまのついた顔肉などでも平気で買いに行き料理するわけです。日本人が魚のあら煮を食べる感覚ですね。だから残酷感ましてや罪悪感などは全く無いんですね。日本人が魚に持っている感覚と西洋人が牛・豚に持っている感覚はほぼ同じでしょう。ただ魚は甲骨類で牛、人がほ乳類で、魚は人の遠い先祖ですが、牛は進化の系統樹からいうと人と近いんですね。だから共食い感が牛を屠殺して食べるということには、どうしても付いてきます。そこで日月神示とは逆なんですが、旧約聖書に牛とは限らないけれど、人間と牛とはきっぱり切り離して、牛は人間のためにある、というんですね。仏教やその影響を受けた神道は、生きとしいけるものの一体感を元に、人間中心主義ではないんです。
で、日本人の近未来の肉食は、獣肉は控えて(私も週一回くらいはレバニラ炒めやカツ丼、学食で小さなハンバーグなどを食べます)鶏・魚肉になっていくのが色んな意味でいいのではないかと思っています。
この本の内容は西洋の肉食・パン食(ただしどちらが主食でどちらが副食と言えない)の成り立ちから始まって、西洋の文化を説き起こしているユニークな本です。
肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公文庫)
年齢的なもの(現在66歳)もありますが、体調がすこぶる良くなりました。体重は少し減りましたが、ダイエットの目的ではありません。近頃一昔前の日本食が見直されていますが、まあその線に沿った考えですね。
こういうのが出来るのは一人暮らしで、週1~2回大学に教えに行く程度だから可能なのかもしれません。基本はお腹が減ったら食べるということで、時間が一定してないんですが、会社員なら不可能に近いかも。
それと昔から獣肉を食べるときにむごたらしいシーンが頭に浮かぶんですね。鶏肉・魚肉にはさ程ないんです。日月神示に日本人は4つ足を食っちゃならん、的なことが書いてあるのですが、何となくそうかもねと納得できます。
明治以前は日本人は牛馬は田を耕したり、荷物輸送のために家の一角に飼っていて、食べるものという感覚はなく、牛乳は仔牛が飲むもので、明治以降かもしれませんが、鶏は卵目的で、お客さんがあれば潰して食べる、魚はご馳走であったようで、あと味噌汁と漬け物とご飯、こういう食生活は皆が出来たわけではないでしょうが、日本人に刷り込まれた食文化みたいなものですね。
牛はやたらと牧草や穀類などを食べて、カロリーベースで言うと、牛肉を食べるのはエコ的ではないですが、西洋が何故牛の放牧が昔からやられていたかというと、日本の温暖多湿な気候に反し、寒冷乾燥した気候に関係があります。日本は春はやわらかい草が生えてきますが、夏場になると牛などがとても食べられない草がどんどん成長しますが、西洋はそういうことはなく、牧草地以外でも森の下草は日本のようにボウボウにならず放牧に向いているんですね。だから家族同様のめんこいべか子というよりか、美味しそうな牛が草を食べてるね、という感覚のようです。
だから西洋の家庭料理はステーキも食べるでしょうが、めんたまのついた顔肉などでも平気で買いに行き料理するわけです。日本人が魚のあら煮を食べる感覚ですね。だから残酷感ましてや罪悪感などは全く無いんですね。日本人が魚に持っている感覚と西洋人が牛・豚に持っている感覚はほぼ同じでしょう。ただ魚は甲骨類で牛、人がほ乳類で、魚は人の遠い先祖ですが、牛は進化の系統樹からいうと人と近いんですね。だから共食い感が牛を屠殺して食べるということには、どうしても付いてきます。そこで日月神示とは逆なんですが、旧約聖書に牛とは限らないけれど、人間と牛とはきっぱり切り離して、牛は人間のためにある、というんですね。仏教やその影響を受けた神道は、生きとしいけるものの一体感を元に、人間中心主義ではないんです。
で、日本人の近未来の肉食は、獣肉は控えて(私も週一回くらいはレバニラ炒めやカツ丼、学食で小さなハンバーグなどを食べます)鶏・魚肉になっていくのが色んな意味でいいのではないかと思っています。
この本の内容は西洋の肉食・パン食(ただしどちらが主食でどちらが副食と言えない)の成り立ちから始まって、西洋の文化を説き起こしているユニークな本です。
肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公文庫)