30年以内に「世界銀行」をつくる【1】 -対談:リビング・イン・ピース 代表理事 慎 泰俊×田原総一朗
(PRESIDENT Online ) 2013年8月23日(金)配信
金融業界で実績をあげながら、NPO活動を通して社会に貢献する──。一見、水と油のように見える行動を同居させているのが、NPO「Living in Peace」代表理事の慎泰俊氏だ。投資ファンドでの仕事をする一方で、なぜ児童養護施設の支援や、カンボジアやベトナムで貧困層を対象とするマイクロファイナンス機関の支援を手がけるのか。田原氏が、いま注目の社会起業家の本音に迫る!【田原】慎さんは学生のころは何をしようと思っていました?
【慎】じつは弁護士になりたかったんです。大学では人権運動をやっていて、アフガニスタン紛争やイラク戦争に反対するデモに参加していました。
【田原】人権運動に参加したのは、ご自分のことと関わりがあるのですか。
【慎】そうですね。私が高校生のころにようやく日本の大学が朝鮮学校の卒業生に門戸を開き始めるようになりましたが、その前まではダブルスクールといって、通信教育で別に高校を卒業しなければ大学を受験できませんでした。そうした不便さに対する経験が人権運動に興味を持ち始めたきっかけでした。
【田原】でも、学校を出て投資の仕事をしています。なぜ金融の仕事を?
【慎】大学のとき国際的なNGOでインターンをして痛感させられたことがあります。それは、世の中への発信力はお金やビジネスの発想の有無で左右されるということ。当時はネットも始まったばかりだったので、お金のない人が原理原則に沿った主張をしても、声を届けられるのはせいぜい1万人。
一方、ビジネスの発想を持っている人が何か言うと、内容にかかわらず100万人、1000万人が聞いてくれる。もし自分が世の中を本気で変えようとするなら、ビジネスのことを理解しておく必要があるんじゃないかと。
【田原】率直にいうと、金融はいかがわしい産業だと僕は思います。たとえばリーマンショックを引き起こしたサブプライムローンは、お金を返せそうにない層にあえて貸し、証券化してレバレッジを利かせることでとんでもないことになった。こうした危うさについて、慎さんはどう思う?
【慎】ポイントは2つあると思います。1つは、やっている人の人間性です。
【田原】それは金融に限った話じゃないでしょう。みんなチャンスがあったら悪いことをしたい。それが人間です。
【慎】金融は目に見えないものを扱うので、ものづくりのように、自分がつくったものをやり甲斐と感じることができない。すべてのものがお金に換算されるので、価値観にもお金が侵食してくる。そういう人たちが悪さをしやすい状況があります。もう1つ、賃金の仕組みもよくない。うまくいったときは多額の報酬が手に入りますが、莫大な損失を出しても、解雇されて給料がゼロになるくらい。それが人を誤った行動に導いてしまうのではないかと。
【田原】つまり金融は自分の欲を充足させるのに向いたビジネスです。慎さんはそういった仕事をする一方で、NPOで社会貢献活動をしている。これは自分の中で矛盾していないのですか。
【慎】人が生まれや家庭環境によって可能性を阻まれない世の中をつくることが私の夢です。そのためには自分が力をつけなくてはいけないので、その手段として金融を選びました。キャリア選択がそこから始まっているので、金融の仕事で儲けても、そのお金に執着することは少ないです。高級時計や自動車にもあまり興味がなく、こういうタイプは、金融の世界では珍しいです。
■ファンドの総額は1億2000万円
【田原】仕事を通して力をつけたあと、次は具体的にどのような活動をしたのですか。
【慎】マイクロファイナンスの支援です。日本ではみんな当たり前のように自分の銀行口座を持っていますが、世界のうち30億くらいの人は金融サービスを使ったことがない。その問題を解決するために、ファンドを通じて途上国に投資をする仕組みをつくっています。
【田原】途上国に直接、投資するの?
【慎】いえ、日本の個人から集めたお金を現地の信用組合、つまりマイクロファイナンス機関に投資して、その信用組合が農村部の人にお金を貸したり、預金サービスを提供する形です。日本から途上国の事業に投資するのは大変なので、現地の金融機関に投資します。
【田原】現地って、具体的にどこですか。
【慎】最初はカンボジアです。
【田原】カンボジアはポル・ポトがインテリをみんな殺してひどいことになった。飢餓に陥ったカンボジアを国連やさまざまな財団が寄付で支援しようとしましたが、お金をあげるだけではうまくいかなかった。
慎さんはその国に投資をしようとしたわけだ。そうした国に出資する人たちがよくいましたね。
【慎】ファンドは1口3万円です。日本なら普通に生活しているうちになくなってしまう金額ですが、途上国ではそのお金で1人か2人が新しく事業を始めて生活を立てることができる。
【田原】といっても、みんなは慎さんのことをよく知らないでしょう?
【慎】販売に関してはミュージックセキュリティーズという会社の「セキュリテ」というプラットフォームを利用しています。同社は音楽ファンドや日本酒ファンドで実績があるので、その信用力が大きかったと思います。あと、私自身、「投資のプロフェッショナルです」と自称できるよう一生懸命仕事し、他の仲間たちも事業の経験を積んできています。マイクロファイナンス機関がちゃんとビジネスをしているかどうかのチェックも、休暇を使って1週間、現地に行って調査し、レポートを公開しています。そういうところが信用につながったのかもしれません。
【田原】出資者から見れば信用組合のチェックは大事ですよね。でも、現地に調査しに行っても、そのときだけいい顔しているかもしれない。
【慎】彼らと直接1対1でやりとりするのではなく、そこの株主であるフィリピンの金融機関ともいい関係ができています。1対1だと日本から来た若造をだまそうとするかもしれませんが、そのほかにも信用ある組織と組んでいるので、悪いこともできないかと。
【田原】ファンドの金額はどれくらい?
【慎】出資者は2000~3000人でファンドは5つ。総額は1億2000万円ぐらいです。2009年に始まった第1弾が返ってきて、手数料や税金支払い後で、年率7%のリターンになりました。
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リビング・イン・ピース 代表理事 慎 泰俊
1981年、東京都生まれ。朝鮮大学校政治経済学部卒業。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。2006年よりモルガン・スタンレー・キャピタルに勤務。07年10月よりNPO法人「Living in Peace」の代表理事。『未来が変わる働き方』『働きながら、社会を変える。』『ソーシャルファイナンス革命』など著書多数。
田原総一朗
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所、テレビ東京を経てフリーに。活字と放送の両メディアで評論活動を続けている。『塀の上を走れ』『人を惹きつける新しいリーダーの条件』など著書多数
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えらいひとがいますね。
(PRESIDENT Online ) 2013年8月23日(金)配信
金融業界で実績をあげながら、NPO活動を通して社会に貢献する──。一見、水と油のように見える行動を同居させているのが、NPO「Living in Peace」代表理事の慎泰俊氏だ。投資ファンドでの仕事をする一方で、なぜ児童養護施設の支援や、カンボジアやベトナムで貧困層を対象とするマイクロファイナンス機関の支援を手がけるのか。田原氏が、いま注目の社会起業家の本音に迫る!【田原】慎さんは学生のころは何をしようと思っていました?
【慎】じつは弁護士になりたかったんです。大学では人権運動をやっていて、アフガニスタン紛争やイラク戦争に反対するデモに参加していました。
【田原】人権運動に参加したのは、ご自分のことと関わりがあるのですか。
【慎】そうですね。私が高校生のころにようやく日本の大学が朝鮮学校の卒業生に門戸を開き始めるようになりましたが、その前まではダブルスクールといって、通信教育で別に高校を卒業しなければ大学を受験できませんでした。そうした不便さに対する経験が人権運動に興味を持ち始めたきっかけでした。
【田原】でも、学校を出て投資の仕事をしています。なぜ金融の仕事を?
【慎】大学のとき国際的なNGOでインターンをして痛感させられたことがあります。それは、世の中への発信力はお金やビジネスの発想の有無で左右されるということ。当時はネットも始まったばかりだったので、お金のない人が原理原則に沿った主張をしても、声を届けられるのはせいぜい1万人。
一方、ビジネスの発想を持っている人が何か言うと、内容にかかわらず100万人、1000万人が聞いてくれる。もし自分が世の中を本気で変えようとするなら、ビジネスのことを理解しておく必要があるんじゃないかと。
【田原】率直にいうと、金融はいかがわしい産業だと僕は思います。たとえばリーマンショックを引き起こしたサブプライムローンは、お金を返せそうにない層にあえて貸し、証券化してレバレッジを利かせることでとんでもないことになった。こうした危うさについて、慎さんはどう思う?
【慎】ポイントは2つあると思います。1つは、やっている人の人間性です。
【田原】それは金融に限った話じゃないでしょう。みんなチャンスがあったら悪いことをしたい。それが人間です。
【慎】金融は目に見えないものを扱うので、ものづくりのように、自分がつくったものをやり甲斐と感じることができない。すべてのものがお金に換算されるので、価値観にもお金が侵食してくる。そういう人たちが悪さをしやすい状況があります。もう1つ、賃金の仕組みもよくない。うまくいったときは多額の報酬が手に入りますが、莫大な損失を出しても、解雇されて給料がゼロになるくらい。それが人を誤った行動に導いてしまうのではないかと。
【田原】つまり金融は自分の欲を充足させるのに向いたビジネスです。慎さんはそういった仕事をする一方で、NPOで社会貢献活動をしている。これは自分の中で矛盾していないのですか。
【慎】人が生まれや家庭環境によって可能性を阻まれない世の中をつくることが私の夢です。そのためには自分が力をつけなくてはいけないので、その手段として金融を選びました。キャリア選択がそこから始まっているので、金融の仕事で儲けても、そのお金に執着することは少ないです。高級時計や自動車にもあまり興味がなく、こういうタイプは、金融の世界では珍しいです。
■ファンドの総額は1億2000万円
【田原】仕事を通して力をつけたあと、次は具体的にどのような活動をしたのですか。
【慎】マイクロファイナンスの支援です。日本ではみんな当たり前のように自分の銀行口座を持っていますが、世界のうち30億くらいの人は金融サービスを使ったことがない。その問題を解決するために、ファンドを通じて途上国に投資をする仕組みをつくっています。
【田原】途上国に直接、投資するの?
【慎】いえ、日本の個人から集めたお金を現地の信用組合、つまりマイクロファイナンス機関に投資して、その信用組合が農村部の人にお金を貸したり、預金サービスを提供する形です。日本から途上国の事業に投資するのは大変なので、現地の金融機関に投資します。
【田原】現地って、具体的にどこですか。
【慎】最初はカンボジアです。
【田原】カンボジアはポル・ポトがインテリをみんな殺してひどいことになった。飢餓に陥ったカンボジアを国連やさまざまな財団が寄付で支援しようとしましたが、お金をあげるだけではうまくいかなかった。
慎さんはその国に投資をしようとしたわけだ。そうした国に出資する人たちがよくいましたね。
【慎】ファンドは1口3万円です。日本なら普通に生活しているうちになくなってしまう金額ですが、途上国ではそのお金で1人か2人が新しく事業を始めて生活を立てることができる。
【田原】といっても、みんなは慎さんのことをよく知らないでしょう?
【慎】販売に関してはミュージックセキュリティーズという会社の「セキュリテ」というプラットフォームを利用しています。同社は音楽ファンドや日本酒ファンドで実績があるので、その信用力が大きかったと思います。あと、私自身、「投資のプロフェッショナルです」と自称できるよう一生懸命仕事し、他の仲間たちも事業の経験を積んできています。マイクロファイナンス機関がちゃんとビジネスをしているかどうかのチェックも、休暇を使って1週間、現地に行って調査し、レポートを公開しています。そういうところが信用につながったのかもしれません。
【田原】出資者から見れば信用組合のチェックは大事ですよね。でも、現地に調査しに行っても、そのときだけいい顔しているかもしれない。
【慎】彼らと直接1対1でやりとりするのではなく、そこの株主であるフィリピンの金融機関ともいい関係ができています。1対1だと日本から来た若造をだまそうとするかもしれませんが、そのほかにも信用ある組織と組んでいるので、悪いこともできないかと。
【田原】ファンドの金額はどれくらい?
【慎】出資者は2000~3000人でファンドは5つ。総額は1億2000万円ぐらいです。2009年に始まった第1弾が返ってきて、手数料や税金支払い後で、年率7%のリターンになりました。
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リビング・イン・ピース 代表理事 慎 泰俊
1981年、東京都生まれ。朝鮮大学校政治経済学部卒業。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。2006年よりモルガン・スタンレー・キャピタルに勤務。07年10月よりNPO法人「Living in Peace」の代表理事。『未来が変わる働き方』『働きながら、社会を変える。』『ソーシャルファイナンス革命』など著書多数。
田原総一朗
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所、テレビ東京を経てフリーに。活字と放送の両メディアで評論活動を続けている。『塀の上を走れ』『人を惹きつける新しいリーダーの条件』など著書多数
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えらいひとがいますね。