気まぐれ何でも館:(548)美しく愛しき日本(岡野弘彦)(3)
  
 目黒川さくら咲く日に ふるさとの族(うから)ほろぶることを 告げくる
  
 村に残る最後のひとり 死にゆきしさまを告げくる 文の短さ
  
 親の家のほろび かなしく諾ふと 書き終へてのち われは眠らず
  
 わが知れる人 つぎつぎに死にゆきて ふるさとの村 名すら残らず
  
 一族の傾く墓をおしみつつ 老い木のさくら 夢のごとく咲く
  
 八十(やそ)すぎてわれは苦しむ。生肌断ち人を殺しき。若き二十に
  
 常闇(とこやみ)に命のきはの声あげて わが殺したる者ら迫りく
  
 百重(ももへ)なし悔しむこころ。悔しめどあな耐へがたし 人かへり来ず
  
 口ひびく春の木の芽を煮てたまひ くるしむわれに 人はやさしき
  
 天皇(すめろぎ)の軍(いくさ)といへど 人間の生肌を断つつみ まぬがれず
  
 幾人の人殺しきて つぐなひの術だにあらぬ 世の末のわれ
  
 海豚漁 やめし港の岸に立つ。あはれ 三界万霊の塔 
  
13.7.6 抱拙庵にて。