気まぐれ何でも館:(542)落合直文(萩之家歌集)(8)
  
 このゆふべわれただひとり過ぎにけりうづら啼くなる深草の里
  
 わがこころ告ぐべき人もあらざれば歌にかくれてこの世おくらむ
  
 病む母のまくらべちかくさもらひて今宵も聞きつあかつきの鐘
  
 蛸壺に植ゑたる梅のさく見れば海人が苫屋も春は来にけり
  
 国分寺のあとと聞きにし菜畑(なばたけ)に古き瓦を見いでつるかな
  
 犬蓼の花さかりなる里川に夕日ながれてあきつ飛ぶなり
  
 馬屋(まや)のうちに馬のもの食ふその音もかすかにきこゆ夜や更けぬらむ
  
 庭鳥のあさるおち葉のあひだより黄菊一もとあらわれにけり
  
 おもしろく梅さく門を見かへればわが知る人の名札(なふだ)かかれり
  
 ただ一つひらきそめたる姫百合の花をめぐりて蝶二つ飛ぶ
  
 わが宿の萩に露おく夕ぐれを訪へとおもひし人訪ひきぬ
  
13.5.19 抱拙庵にて。