気まぐれ何でも館:(536)落合直文(萩之家歌集)(2)
  
 梅の花かをれる野べに寝たる夜は旅を憂しともおもはざりけり
  
 近江の海夕ぎりふかしかりがねのきこゆるかたや堅田なるらむ
  
 父君の杖にやきらむ一もとをわれにはゆるせ庭のわか竹
  
 身につけしその世こひしくおもふかな太刀見るたびに太刀とる毎に
  
 うづみ火をはなれぬものは吾妹子が手飼の猫とわれとなりけり
  
 賤が家の軒の垂氷(たるひ)の一しづく落つる音にも春を知るかな
  
 ふるさとのわが松島にくらべ見む朝霧はれよ天の橋立
  
 影あをき月さへてりて屍のかさなる下にこほろぎの啼く
  
 ささげもつ錦の旗にかがやきて清くものぼる朝日子のかげ
  
 わが乗れる駒のひづめも見えぬまでいくさの場(には)にちる木の葉かな
  
 血まみれし槍のほさきを洗はむとしばしたちよる谷の下水
  
 つくづくし手にもちながらねぶる子は夢も春野になほあそぶらむ
  
 心あらばただ一もとのよはひだに君にをゆづれ庭の松原
  
 駒とめてこよひ聞きにしかりがねは妹があたりを啼きてきつらむ
  
13.4.6 抱拙庵にて。