気まぐれ何でも館:(535)落合直文(萩之家歌集)(1)
落合 直文(おちあい なおぶみ、文久元年11月15日(1861年12月16日) - 明治36年(1903年)12月16日)は、日本の歌人、国文学者。元の名は鮎貝盛光といい、朝鮮語学者の鮎貝房之進は実弟。
松風の音ばかりだにさびしきを雨もふりきぬ小夜の中山
うちむれてかへる樵夫(きこり)にこと問はむ明日も越ゆべき山はありやと
ゆふ風にひとつ落ちくる松かさの音さへさびし小夜の中山
水鳥のむかしはいかに富士川や今なほさびし岸の秋かぜ
富士の嶺(ね)にはやしら雪はつもるらしやや袖さむし田子の浦風
鐘の音のひびきは空に消えゆけどさびしさのこる秋の夕ぐれ
しら雲に見えずもなりぬさきだちし人はいづこのあたり行くらむ
里ちかくなりにけらしなはこね山杉の木の間にけぶりたつ見ゆ
色香をばわか木の花にうつしおきておのれちりゆく桜井の里(楠正成朝臣を)
むかし誰がよろひの袖にちりにけむ荒れにし城の山ざくら花
畝火山遠きむかしをしのびきてぬかづく袖に梅かをるなり
13.3.31 抱拙庵にて。
落合 直文(おちあい なおぶみ、文久元年11月15日(1861年12月16日) - 明治36年(1903年)12月16日)は、日本の歌人、国文学者。元の名は鮎貝盛光といい、朝鮮語学者の鮎貝房之進は実弟。
松風の音ばかりだにさびしきを雨もふりきぬ小夜の中山
うちむれてかへる樵夫(きこり)にこと問はむ明日も越ゆべき山はありやと
ゆふ風にひとつ落ちくる松かさの音さへさびし小夜の中山
水鳥のむかしはいかに富士川や今なほさびし岸の秋かぜ
富士の嶺(ね)にはやしら雪はつもるらしやや袖さむし田子の浦風
鐘の音のひびきは空に消えゆけどさびしさのこる秋の夕ぐれ
しら雲に見えずもなりぬさきだちし人はいづこのあたり行くらむ
里ちかくなりにけらしなはこね山杉の木の間にけぶりたつ見ゆ
色香をばわか木の花にうつしおきておのれちりゆく桜井の里(楠正成朝臣を)
むかし誰がよろひの袖にちりにけむ荒れにし城の山ざくら花
畝火山遠きむかしをしのびきてぬかづく袖に梅かをるなり
13.3.31 抱拙庵にて。