気まぐれ何でも館:(529)山崎方代(伽葉)(5)
秋が来て夕日が赤い来年もこんな夕日にあいたいものだ
日が照っている どじょうが泥をにごしているよ
母の名は山崎けさのと申します日の暮方の今日の思いよ
ホオセンカの莢(さや)がはじけて掌をくすぐる程の命なりけり
つれあいに子供を生ませ苦虫をかみかみ酒を飲んでいた
コップに投げ入れておきし蕗の薹身ぶるいしつつ咲きあがりたり
寒雀丸焼きにしてぎしぎしと頭も骨もかみしめておる
寒鰤の目だまを噛みくだくいずこにありやわれのこいびと
ゆっくりと支那の茶碗の粟粥をおしいただいて食べておる
桑の実が赤く熟れいしことのみが記憶の中によみがえる
さらさらと川は流れて石のみがじっと止っておりにけるかも
みすずかる信濃の国の石茸をちぎっては粥に投げ入れにけり
秋が来て夕日が赤い来年もこんな夕日にあいたいものだ
日が照っている どじょうが泥をにごしているよ
母の名は山崎けさのと申します日の暮方の今日の思いよ
ホオセンカの莢(さや)がはじけて掌をくすぐる程の命なりけり
つれあいに子供を生ませ苦虫をかみかみ酒を飲んでいた
コップに投げ入れておきし蕗の薹身ぶるいしつつ咲きあがりたり
寒雀丸焼きにしてぎしぎしと頭も骨もかみしめておる
寒鰤の目だまを噛みくだくいずこにありやわれのこいびと
ゆっくりと支那の茶碗の粟粥をおしいただいて食べておる
桑の実が赤く熟れいしことのみが記憶の中によみがえる
さらさらと川は流れて石のみがじっと止っておりにけるかも
みすずかる信濃の国の石茸をちぎっては粥に投げ入れにけり