65歳まで同じ会社、本当に幸せ?

柳川範之教授=東京都文京区の東京大学、松本敏之撮影
■柳川範之さん(49)=40歳定年制を唱える東大大学院教授

 年金の支給が始まる年齢が引き上げられて、65歳まで働くことが当たり前の社会になろうとしている。そんな中、経済学者の柳川範之さんが40歳定年制を唱えている。経済が激変の時代、同じ会社に居続けるより、充電期間を経て働く場を変えた方が幸せな人生を送れるからだという。本当にそんなことができるのか。柳川さんに聞いた。

 ――65歳まで同じ会社じゃダメですか。

 「60歳を過ぎてもできるだけ長く働いてもらうことには賛成です。しかし、20歳で入った会社にずーっと居続けることがいいとは思いません」

 「経済の構造変化に合わせて働き場所を変えられるようにしないと、経済はもちませんし、本人のためにもなりません。40年かけて一人前になる職人さんのような世界もありますが、その話を、すべてのホワイトカラーに応用するのは無理があります」

 ――ベテランの経験や知恵が必要なのでは。

 「同じ会社に居続けて50代になれば、新たな知識や能力を身につけるのも難しいのが実態でしょう。人員のスリム化が進むなか、ベテランはますます、社内外で自分の働き場所を見つけるのが難しくなってしまう」

 「日本はやはり高齢者を敬う社会です。若手にとっては、いつまでも上司が居座り続けることになる。かつての上司が決めたことを翻すようなことは、その人への気遣いから難しい。会社全体にしわ寄せがいきかねません」

 ――で、40歳定年にして別の会社に移ってもらおうと。

 「長く働き続けるには、途中で能力開発のための学び直しが必要です。今は社会の変化のスピードが速く、新たに求められるスキルも次々と出てくる。学び直しの区切りとして20年を目安と考えました。40歳、さらに60歳でも必要かもしれません」

 ――学び直しのために会社を辞める必要がありますか。

 「企業の職業訓練教育にかける費用は1990年代以降がくんと減り、かつての10分の1程度。一方、次のステップ、たとえば75歳までの35年間通用するスキルを身につけるには最低1年ぐらいの教育期間は必要でしょう。それを企業に期待するのは難しい」

 「企業再生の研究で、当事者からヒアリングをしました。ある会社で評価が低かった人が、別の会社に移って生き生きと働き高評価を受けるようになった、という事例を聞きました。社内に居場所がなくても、新たな知識や技能を身につけて別の会社で評価されるケースも少なくない」

 ――会社に居続けて能力開発できる人もいるでしょう。

 「もちろんそうです。全員が40歳で退職しなければいけない、という仕組みは考えていません。35歳の時点で65歳までの雇用契約を結び直す会社も出てくると思いますが、それを否定はしません」

    ◇

 ――しかし、40代での転職は、よほど専門が深くないと厳しくないですか。

 「現状では確かにすごくつらいと思う。仕事が個人プレーだった人はいいけれど、ほとんどの人はチームプレー。一方、転職や、再就職の面接で、君は何をしてきた、どんな仕事ができるかと聞かれるわけです。個人的なスキルを求められるのが、今の個人の転職市場です。厳しいからこそ、学び直しが必要です」

 「また、現状の仕組みや制度を前提に、40歳定年で会社を辞めることを想像するから不安になるんです。そもそも、今でも、仮に40歳で退職しても、教育を受けられて、比較的スムーズに次の職を見付けられる社会にしないといけない。会社を辞めて求職活動している間、年金や医療などの社会保険料の自己負担が増えるようではダメです」

 「社会保障の仕組みが、転職を抑制する方向にいくとすると、それ自体が問題です。何歳で転職しても、どんな形で転職しても不利にならないように、制度を変えることは、今でも必要です」

 ――学び直すとしても、自己負担ですか。

 「私が言っているのは『未来を搾取する社会から、未来に投資する社会へ』です。投資とは教育です。制度導入に向けて、大胆に、2兆円ぐらいの予算がほしいところです。ただ、予算には限りがありますから、どこかを削って生み出すしかありません。私は社会保障関係から生み出せないかと考えています」

 ――先生の提言は2050年に向けたビジョンでの話です。だいぶ先ですね。

 「いえいえ、状況はそれほど甘くはありません。今、大手電機メーカーが経営危機を迎えるなど、少しその芽が見えてきている。今後、大規模なリストラが相次ぎ、40歳ぐらいで失職するということが起きる。それで、みんなが苦しみながら、再雇用を探すということになる」

 「そうなる前に、教育や社会保障のシステムを整備しておいて、早め早めに転職できる知識を身につけておく。そうすれば個人も社会も受けるショックを少なくできる。それを、まだ体力がある今のうちにやらないと。手術は体力のあるうちにやらないといけません」

    ◇

 ――60歳定年制で生きる我々はどうすればいいんでしょうか。

 「対処方法として、日頃からよく知った仕事仲間と一緒にチームを作っておく。50歳ぐらいになったら、一緒に動く人と『転職チーム』を作り、君は経理を、俺は営業という風に担当を決めておく。そして、60歳になったら、チームごと他社に移る」

 「逆説的ですが、制度として導入されて40歳で退社するようになれば、あちこちで人手不足が起きる。求人企業がいっぱい出てくるはずです」

    ◇

 やながわ・のりゆき 63年生まれ。88年に慶大経済学部の通信教育課程を卒業。2011年から東大大学院経済学研究科教授。著作に為末大氏らとの共著「決断という技術」など。2050年に向けて国家戦略会議の部会がまとめた長期ビジョンの中で「40歳定年制」を提唱。

 <65歳雇用義務化>

 「高年齢者雇用安定法改正法」が8月の通常国会で成立し、希望する人全員が65歳まで働き続けられるように、会社側に雇用を義務づけた。厚生年金の支給が始まる年齢が今後、段階的に60歳から65歳に引き上げられるため、60歳で定年退職すると年金支給まで無年金・無収入となる人もいる。これを防ぐことが改正の目的。従来は労使が合意すれば、企業が再雇用の基準を設けて、だれをその対象とするか選ぶことが出来た。

 厚生労働省の2011年の調査によると、過去1年間に定年に達したのは約44万人で、引き続き働くことを望んだのは約8割。希望者全員が65歳以上まで働ける会社は全体の半分程度で、大企業だけで見ると約2割にとどまっている。

■取材を終えて

 同じ会社に居続けるよりも、新たなスキルを身につけて、自分を生かせる場があれば、そこで働いてみたいと多くの人が思うだろう。ただ、40歳定年制導入という大がかりな制度変更には、政治決断と、長期にわたって継続する実行力が必要だ。しかし、首相の「定年」が1年程度で定着した日本の政治の現状に、それを望むべくもない。政治家に新たなスキルを身につけてもらうことが先決だ。(角津栄一)