気まぐれ何でも館:(508)岡野弘彦(海のまほろば)(最終回)
  
 目脂(やに)湧く父のまなこを拭ひたり何見むとにぶく動くひとみか
  
 常願寺川ここにきはまる川原に遊ぶわらべもさびしからむに
  
 弘法小屋ほろびし跡にほうほうと茂るすすきのひと叢(むら)そよぐ
  
 つつましき心となりて登りをり父の命を保ちたまはな
  
 星燃ゆる空のまほらにそそり立ち剣の嶺のするどきぞよき
  
 白山のいただき遠く晴れわたり無尽数の星かがやきはじむ
  
 村々をめぐりて人に説きにけむ曼荼羅の絵のつたなきもよし
  
 荒山の弥陀の浄土は血の池の穢土に隣りて安からなくに
  
 血の池に浸りくるしむ者の顔つぶさに見れば悦(よろこ)ぶに似る
  
 あひ逢へばやさしかりしが心底(こころど)にわれを許せしことなかりけむ
  
 眼をとぢてをれば見えくる頑是なくわがありし日のちちははの顔
  
 立山のいただきに来て白骨(しらほね)のごとき小石を塔に積むなり
  
 秋ぞらに鉦鳴らしゆく村びとの葬(はふ)りの列を追ひ越しにけり
  
 まなじりに熱き涙のにじむまで秋陽にきらふ海を見てゐつ
  
12.9.15 抱拙庵にて。