気まぐれ何でも館:(507)岡野弘彦(海のまほろば)(15)
  
 病む父を思へば心ほそりつつ桜ののちの日々を耐へゐる
  
 病み痩せて執ねく生くる父の顔ねむれるを見てわれも寝むとす
  
 念珠集読みゐて不意にこぼれくる涙をわれは隠さむとせず
   (念珠集=斎藤茂吉歌集、彼がドイツ留学中父が没した)
  
 今年またえごの花咲く下に立ちて身の生きてあることを寂しむ
  
 罪ふかく年かさねこしわが顔かくやしみは深し夜の鏡に
  
 いとしみて言へば女の愛(かな)しみのしみいづるばかりさびしきを見す
  
 夜の闇の燃ゆるまなこにいざなはれ地獄といふに堕ちゆかむかな
  
 庭越えてもの運びゆく蟻の列父が病む部屋をいでて見てゐつ
  
 こもごもに病み衰へて老いゆくか父が睡(ねむ)れば母も眠りぬ
  
 しづかなる眠りの如しわれを生みし親のほろびを耐へて見てゐる
  
12.9.6 抱拙庵にて。