気まぐれ何でも館:(506) 岡野弘彦(海のまほろば)(14)
  
 峡の家に子ら帰りこぬかなしみを独り耐へつつ呆(ほほ)けゆく母
  
 霜焼けて紫だちし幼な指ふくみてやればほのに笑ひき
  
 ふるさとの檜山の闇の匂ふ夜ぞ身の疼くほど恋ほしきちちはは
  
 秋風に帷子(かたびら)しろくひるがへし山に入りゆく父の後姿(うしろ)みゆ
  
 れんげ田にゐさらひ白くかがまりし少女と遊ぶ夢のごとくに
   (足立註:ゐさらひ=しり)
  
 わが生(お)ひし昭和のはじめ村びとは生活(たつき)貧しくひたぶるなりき
  
 笹舟のあと追ひゆきて見つけたる庭ひろき家赤き三輪車
  
 進軍歌に咽喉涸らしつつ歩みゆき帰るなかりし若き靴の列
  
 帰れよと言ふをきびしく拒みゆく青年の頬あをく匂へる
  
 死にてなほ髭のびやまぬ友の顔剃りしくやしさのよみがへる朝
  
 臭ひたつ屍のなかに身を臥せて命たもちしを言はざらむとす
  
 背を立てて聴けばすがしき語気荒く吾に迫りくる学生の論
  
 山川のきよき境に遊べども身の愛憐のしづめがたしも
  
 花持ちて夕のちまたを歩みくるいとしき者を待ちて逢はむとす
  
 汝(なれ)の子を妊みて命絶ちゆくと脅やかし言ひ楽しむらしき
  
12.8.31 抱拙庵にて。