気まぐれ何でも館:(503) 岡野弘彦(海のまほろば)(11)
  
 ほてりたる身にかき抱くをとめごの柔(にぎ)肌冷えてゐるあはれさよ
  
 吾を生みし母の面わに似るといふみ叔母ぞ恋ひし浄くいませば
  
 荒潮の騒だつ胸をおししづめ大和を思へば鶴(たづ)わたりゆく
  
 髭(ひげ)ながき父の面にむかひをりその心底(こころど)のはかりがたきに
  
 はろばろと吾家(わぎへ)の方よ霞たち永久(とは)にしあれなやまとまほろば
  
 わが知れる三代(みよ)のいくさに村いでて帰らぬ者の墓ならび立つ
  
 穀(ごく)断ちて帰りこぬ子をかたくなに待ちゐし妻もこころ呆けぬ
  
 若く死にてしづまらざりし魂の野山に満つるさやぎ聞ゆる
  
 死にてゆくいまはの胸にひたひたと蒼く満ちくる天つ水あれ
  
 遠つ世のやまと建(たける)を顔くらき若者どもに説きてすべなき
  
 毒薬を肌に秘め持つ若者のいちづの思ひわれは蔑(なみ)せず
  
 幾人の人殺しきて水のごと静けき顔の若きをかなしむ
  
 われどちの安けき老いは願わねど世の末暗き嘆きたちくる
  
 戦ひの後を生きのびて何せむに世に阿(おもね)りて生きむと思はず
  
 世の暗くなりゆく兆(きざ)し。思ふこと言ひ出むとして重くためらふ
  
12.8.11 抱拙庵にて。