気まぐれ何でも館:(500) 岡野弘彦(海のまほろば)(8)
  
 咲きみちて谷をうづむるあぢさゐのゆらぐを見れば人ははるけし
  
 心もはらとどむべかりし汝を遣りて悔やしむ日々を梅熟るるなり
  
 いつまでも遊び惜しみてあふぐ空こよひの星のかがやきそめつ
  
 悲しめるこころに沁みてあはれなり岩間に沈透(しづ)く沢蟹の朱(あけ)
  
 しづかなる笑まひののちに死にゆきしかの下士官をつひに忘れず
  
 梅雨ながき部屋の畳にあがりくる蟻を殺して飽くこともなき
  
 少年のわれをいとしみし母の手に似し白き手を忘れがたしも
  
 ふるさとに老いゆく父の八十ぢ過ぎて白くしづけき眉ぞこほしき
  
 秋風に背すぢ吹かれて歩みをりわれを蔑(なみ)する人と別れて
  
 獅子頭とれば盲ひのごとく坐(ゐ)て喘(あへ)ぎしづむる子の息あはれ
  
 穂にいでてそよぐ薄のかげに立ちただひとり月を仰ぎゐる子
  
12.7.21 抱拙庵にて。