気まぐれ何でも館:(498) 岡野弘彦(海のまほろば)(6)
  
 梅雨(つゆ)の夜の部屋にいつまでも聞えゐる老いて呆(ほほ)けし父の独り言
  
 をさなくて野山にともに遊びたる友らは多く戦ひに死す
  
 年ごとの村の祭りに汝が吹きし神楽の笛は継ぐ者もなし
  
 ふるさとの地蔵ぼとけの片耳を欠きしはわれと誰に告げなむ
  
 神楽獅子村に来る日のときめきを思へばとほし彼岸花咲く
  
 白壁に秋の陽しんとにほひをり獅子のくるひの舞ひ澄みてゆく
  
 抜けいでし祖母のたましひ水恋ひて夜の川越ゆるとき光いづ
  
 いちじるく生きたる人の病み弱り吐(つ)く息の緒の細りにおどろく
  
 木の花は木に咲きみちてまどかなりすがしき生きを遂げましにけり
  
 とめどなく涙くだりて朝庭に立ちつくすなり人死なずあれ
  
12.7.7 抱拙庵にて。