気まぐれ何でも館:(495) 岡野弘彦(海のまほろば)(3)
  
 草の葉のそよぎしづまるさ夜ふけて去りがたくゐる人を去らせぬ
  
 肌冷ゆるこのあかときを汝(なれ)が身は小床(をどこ)に白く眠るならむか
  
 青草のひとむらむごくなびき伏しおもかげ見ゆるふるき恋びと
  
 貧しかりし三十ぢの我の日記(にき)にしるす子らひもじくてい寝ざりしこと
  
 すさまじく晴れきはまりし秋の海死なむと誘ふ女と見てゐる
  
 はるばると海越えてこしたては蝶のむくろを埋む秋の浜辺に
  
 砂の上に夕影ながくなりにけりむごきまで人にもの言はずゐる
  
 年明くる大和國原ゆきゆきて恋しきものに逢ひとげむとす
  
 はてしなく空あをき日にいで来たり少年の恋のごとくときめく
  
 父が吹く貝のひびきに湧きおこる遠きこだまに耳すましをり
  
 寒の夜の祭りの酒に口ひびき塩しろく吹く干魚(ひを)をむさぼる
  
12.6.16 抱拙庵にて