気まぐれ何でも館:(482) 現代短歌100人20首(25)
  
佐伯裕子(さえき・ゆうこ)1947~。
  
 一面に花ひるがえりめぐりくる春を異性の息と思いぬ
  
 くびらるる祖父がやさしく抱きくれしわが遙かなる巣鴨プリズン
  
 あかがねの蒙古のラッパ吹き鳴らしわれはアジアの男好めり
  
 早春の雲浮く玻璃をみがくなりいつも二十歳(はたち)の母と並びて
  
 祖父(おおちち)の処刑のあした酔いしれて柘榴のごとく父はありたり
  
 夏過ぎてこの世に財を残さざる父の素足のいよいよ白し
  
 放埒なかぶと虫なりガラス壜は夜々のあがきに曇りたるかも
  
 「母さん」と庭に呼ばれぬ青葉濃き頃はわたしも呼びたきものを
  
 かなかなやわれを残りの時間ごと欲しと言いける声の寂しさ
  
 ここにこう死ぬまで二人、否ひとり、杏のジャムを今朝は塗らんよ
  
12.3.9 抱拙庵にて。


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