天理教の教祖、中山みき、について書いてある。
書くに当たって天理教の真柱からかなり邪魔をされたらしい。
しかし教祖本来の考えから離れていって、教団維持に腐心し、庶民の味方どころか庶民を食い物にする人たちでなく、本来のお道に精進している庶民から色々貴重な資料の提供があったという。
中山みきの考えが歪曲なしに、そのまま伝わってくる。高踏的な宗教も悪くはないが、こういう庶民的宗教を新しい目で見直したいものだ。
それが勝ち組・負け組二分化社会に向かっている日本を考える上で1つのヒントになるのではないかと思う。
ただし、もうこういう意味での宗教の時代は終わったらしい。