気まぐれ何でも館:(454) 高安国世秀歌鑑賞(2)
みどり児は母のかたへに睡るらむ月あをき野を我はかへるも
初めて父親となった若々しい喜び、初めて得た「分身」をいつくしむ素直な気持ちが歌われている。ここに歌われている長男国彦は3年後に疫痢のため急逝し、作者をなげかしめるのであるが・・・。
くまもなく国のみじめの露はれてつひに清らなる命恋(こほ)しき
敗戦、一連八首の冒頭の歌。言挙げをせず、失われた命をいつくしむ作者のやさしい心が感じられる。
あたたかきつむじの風に乱れ合ふ木群はなべて芽をもつらしき
物資欠乏、飢餓状態の日本人の中で、木々の芽ぐみによせる、作者の希望にうらうちされた明るさが感じられる。
乳母車押したる妻と我と来て午後の満潮(みちしほ)の騒ぐ見て居り
西宮時代の歌。この歌の作られた翌昭和17年には三高教授となって、京都北白川に転居する。
髭ふりて寄り来しこほろぎ忽ちに死せる蜻蛉(とんぼ)にとびかかりたり
産卵を終へし蟷螂(かまきり)が本箱にそよぐが如く縋(すが)りゐたりき
産卵を終えたカマキリはエネルギーを使い果たして本箱にすがりついているのだろうか。作者の小さい命への、いたわりのまなざしが感じられる。
11.8.26 抱拙庵にて。
http://homepage3.nifty.com/kyousei/essay.html