先日、初めて選挙演説を聞くためだけの外出をしました。某駅前に小泉首相がやってくるというので、勇み足で向かいましたよ。
もっと野次とかとぶもんだと思ってたんですが、集会なんかとはまた違うんですね。首相が出てくる前に延々紹介される区の議員たちに対しては「お前じゃねぇよ!」という罵声が上がりましたが、それ以外はとんでもなく穏やかでした。
いや、ぎゅうぎゅう詰めでしたけど。
おまけに、警察が一番前のロープの前にさらに人を通してしまったりして。おいおいおい、初めから並んでた人はどうすりゃいいのよ。おいおいおい。でも大した混乱にはなりませんでした。ええ…、みんないいの、それで。マナーがいいのかほんとは興味が薄いのか。でもぐったりするような湿気の中でカメラ構えて待ってるんだから、きっとバリバリハイなはずよね。
いざ首相登場!!
拍手の嵐。うわわわ!!!!
そうりーそうりーそうりー。
でもすぐに収まった。テレビそのまんまの小泉首相。声がガラガラなのだけが違ってたけど…まんま、ほんまもん!!暫くシャッター音が続きました。すげぇや。
中でも、「郵政改革を打ち出すのは野党のはずじゃないのか」「民主党が反対するのはおかしい」という箇所で嵐のような手拍子が巻き起こりました。すっげーよ。
私ももちろんパチパチパチ。
なんたる一体感。
こういう盛り上がり方すると、ワールドカップのときのことを思い出します。女とか男とか若いとかなんとか、そういうこと全部抜きにして「日本人であること」が喜ばしかった瞬間。きっと戦争中もこうだったんだろうなぁ…。
戦争中のことについて、日本人は酷いことをしたとか国民を苦しめてとか、見てきたように語る人がいます。だけど本当にそれだけだったの?敵を打ち倒す喜びとか、そういうもんもあったと思うのよ。戦争ってつまりそういうことじゃん。非日常が日常になってるときだもん。流れの中にいた人じゃないと、そのとき本当はどうだったのかなんて語れないと思う。ましてや可哀想だなんだとか、感情論的なことをいったって始まらない。歴史の流れの中において、遅く生まれた人間は部外者でしかない。
日本の勝利を信じて命を散らした人がいる。それなのに、日本人が悪かった、の一点張りでいいんだろうか。戦争が許されることは絶対にない。だけど「争い」は免れない。主張しなくては蹂躙されるのがオチだ。不幸にも多くの命が失われる結果になってしまったが、日本は日本のポリシーの元に戦った。時代がそうさせた。そうすることが必要かつ最適だったんだ。
日本人は日本の未来のために武器を取った。そこから紆余曲折を経、しかし幸運にもどこの国の属国にされることもなく、日本は発展を遂げてきた。戦場に出向いた人たちのことを忘れてはならない。そしてそれを生かすためには、真剣に政治に参加することが一番である。
日本が悪い、世界が悪いと活動するのはいい。一番許せないのは「今まで選挙行ったことなくって」って平気で言えてしまう人たち。
どうして平気でそんなことがいえるんだろう。恥ずかしいと思わないのかな。
一票で何かが変わるわけじゃないから、っていう台詞は逃げじゃん。成人前に選挙に行きたくてうずうずしてる若者だっているのに、さ。斜に構えてるつもりなのかな。
演説から帰るとき、カップルの会話が小耳に入りました。多分まだ若い。
「つか日曜日のこんな所で演説やるなって話だよ。狙ってんじゃン。迷惑すぎ」
「どうせ選挙行かないし」
「べつにどうでもいいよねー」
同じ日本国民として、とても恥ずかしくなりました。