え?なぜ、感謝をしなければいけないの? | 言葉の手紙

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自然植物には人間の心を和ませる力があると私たちは信じています。
だから私たちは植物たちの輝いてる今この瞬間に焦点を当て、その瞬間を世界に発信する活動を始めました。
このような思いを背景に私たちの写真展は今後も発展を続けます。

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* 想定読者


こんな疑問を持った人はいるのでしょうか


それは周囲の人に咎められてふと感じた疑問なのかもしれない


(例えば上司や親といった人生経験が自分より豊かな人から言われるケースが多いのではないだろうか)


 


もしくは、誰しもがそれは当たり前として受け入れているのだろうが、その当たり前を疑った人がこの記事を読んでいるのかもしれない。


 


そんな人に向けて自分なりの気づきを書いてみたい。


ここ最近感謝について考えていて、自分なりの現時点のひとつの理由が出せた備忘録も兼ねて。


 


* 前提


ここで記載する「感謝をする」というのは、相手へ感謝を伝えることではなく、まず自分自身の意識の中で感謝の気持ちを持つことの重要性について記載する。


 


* 私の解釈


感謝の意識を持つということは周囲の人々との調和を意識するということ。


ここで言う調和とは自分一人で生きているのではなくて、人と人とが支え合い生きているという意味である。


それは別の意味でいうと周囲の人や自然とのつながりを意識するということでもある。


つまり、感謝とはいかに自分が周囲に支えられ、繋がって生きているかということに気づくことなのである


 


* 具体例


自宅で一人でご飯を食べているシーンを想像してもらいたい。


ご飯はコンビニで自分のお金で買ってきたお惣菜だけである。


では、ここで考えてもらいたい。このシーンであなたは感謝を抱くことができるだろうか?


自分のお金で買ってきたお惣菜を食べているだけだから特に何もいらないのではないか?


 


 


しかし実際には、あなたがこのシーンでご飯を食べるという行動においてもたくさんの労力と命の支え合いが発生し、感謝の的が無数に存在している


 


・そのお惣菜は誰が販売してくれたのか


・そのお惣菜は誰が作ってくれたのか


・そのお惣菜の器は誰が作ってくれたのか


・そのお惣菜の原料となる豚さんは誰が育ててくれたのか


・その豚さんが逞しく生きたおかげで美味しいお惣菜が食べられる


...等あげればキリがないのではないだろうか。


 



  • 要注意な人


上記の具体例をみて、私が稼いたお金で買ったお惣菜だから、別に感謝はいらないと考えた人は少し要注意かもしれない。


 


* 感謝の意識が何につながるのか


・結局のところ、自分の視野が広がるのである。


自分視点ではなく、相手視点で物事を考える習慣がつくのだろうと考える。


→ ビジネスの成功や思いやり、様々なメリットにつながる可能性に満ちている


 


安心感、一種の幸福感が得られる


自分は一人で生きているのではなく、みんなと生きているのだなぁ


 


人に嫌悪感を抱くことが少なくなる


あいつにはこんな嫌なところあるけど、こういうところには感謝しなきゃなぁ


* なんのために?


結局のとろこ自分のためである。


この意識がないといろんなところで損をして、生きづらくなっていくんだろうと思う。


感謝を伝えることであれば相手にとっても良いかもしれないが、そうではなく、ただ単に感謝の意識をもつことについてのみ考えると自分のためになるのではないだろうか。