市が主催しているセミナーなどで心理講座を行うと、終了後に参加者からの質問で「どこに相談に行けばいいですか?」と聞かれることがある。

大抵の場合は、どこの地域にも、こころの相談窓口があって、心理士によるカウンセリングが無料で受けられるところもあるし、地域の保健センターや精神保健福祉センターでは専門医に相談できたりもするので、そちらを紹介している。

ただ、さらに進んでトラウマ治療となると、返答が難しい。

トラウマ治療には色々なアプローチがあって、万能なものはなく、今の自分にはどれが合うのかっていうのは、やってみないとわからないところもある。もちろん、セラピストとの相性もあるから。

そんなトラウマ治療のひとつに、EMDRという方法がある。

写真家の植本一子さんの書かれた『愛は時間がかかる』(2023 筑摩書房)は、このEMDRによる治療を受けていた時の心象風を記録した日記のような本なので、

 

トラウマ治療を受けたいけれど、どこで、どうやって、何を探せばよいかわからないという人には、ひとつの参考になると思う。


(画像は筑摩書房HPより)

EMDRは、「眼球運動による脱感作および再処理法」という方法のことで、

トラウマになった出来事を思い出しながら、右、左、と移動する光を目で追ったり、両手にスティックを持って、右、左と振動している間にその出来事について思い浮かべたりする。

私はEMDRは受けたことがなく、以前、NHKのETV特集で見たり、心理療法の本で学んだ程度なので、詳細はEMDR学会のHPなどを見てほしいのだけれど、

トラウマ記憶を思い出している時には、脳がその記憶の場所でフリーズしてしまうので、眼球を動かすことで、脳の情報処理のプロセスを活性化して統合を進めていく、という感じではないかと思う。

植本さんは、パートナーとの関係での見捨てられ不安を改善しようと、以前から通っていた原宿カウンセリングセンターの中野葉子先生に相談し、トラウマ治療としてEMDRを受けることにする。

全6回の治療の中で、人生の中での大きなトラウマ体験について取り組んでいく。そして、パートナーに母親を求めていたことに気付いたり、幼少期の母親との葛藤が思い出されたりする中で、相手への執着が薄らいでいく。同時に、守られていた記憶や、愛されていた記憶にもアクセスできるようになっていく。

私は、親子関係に関するトラウマからの回復には大きく2つの段階があると考えていて、

最初は、ずっと抑圧してきた自分自身の本物の感情に気づき、親と境界線を引いて分離する段階、

次が、再び親とつながる段階。親を許す、とかではなく、親から見えていた世界を、そのままに見ることができるようになる段階。

自分自身や他者の行動の裏側にある思考や感情を観察したり推測したりする能力(メンタライゼーションの能力)が育ってくると、傷ついた部分だけでなく、守られていたり、時には愛されていた感覚が、ふと呼び起こされることがある。

植本さんは、1回目のセッションから「何度かやっていたら、ふいにお母さんの気持ちに気づく瞬間があった。そのとき初めて、お母さんも心配だったし、不安だったろうなって急に思い浮かんで。・・・見える光景は同じなのに、感じ方が変わっっている。・・・今はその光景を思い出しても、不思議と寂しい気持ちにはならない」(p.43)

という変化を感じていた。それまでに数年間にわたるカウンセリングを続けてきたこともあると思うが、この感じ方の変化って大きな一歩だと思う。

「他人の靴をはく」という言葉があるように、自分目線から抜け出して、他者から見える世界をそのまま見ることができるようになるのは、どんな心理療法でも目指しているところのひとつだと思うし、心の成長そのもので、他者を理解したり、信頼する時に必要な力になる。

私の場合は、EMDRではなく、コンステレーションでのセラピーだったけれど、「母親とか父親っていうのが感覚としてよくわからない」とか、「あなたたちのせいで、どんなに苦しかったか」と殺意さえ湧くような状態だったので、

 

あたたかい記憶がよみがえって涙が止まらなくなるなんて想像もしていなかったし、親と繋がりを感じられるようになるなんて自分の人生にはないものだと思っていた。

最後に、

植本さんはトラウマ治療を「なんか除霊みたいな感じもする」という。本当に、黒いものが抜けて、取り憑いていたものが消えていくと、トリガーとなっていたコトや人への反応が起きにくくなって楽になる。

誰とも心がつながらない寂しさを抱えている人たちは本当にたくさんいる。
この本は、そんな人たちへの希望のひとつ。
(もちろん、EMDRが合わない人もいるけれど)

セミナーの時にはいつも、白川美也子先生の『赤ずきんとオオカミのトラウマケア』を持参して紹介しているのだけれど、次回はこの本も一緒に並べてみようと思う。