数秘は、あなたは1だから、わたしは8だからこうだと決めつけるためではなく
 
あなたは1だから、わたしは8だから、そういう見方なのかもね、面白いね、
 
と笑いあえる、
 
相手も、本人も、
 
一旦相手の意見を受領(Receive)することができる(同意(Agree)しなければならないという意味では無いです)
 
ツールだと思います。
 
お互いが緩むためのものですね。
 
そしてきっと、緩んでからが、それぞれの本領発揮スタートなのです^^ 
ゆるんだら、飛びたとう^ ^

 

 

 

数秘を学んでよかったなぁと思う事のひとつは
様々な思考、行動やパターンを知ることで
想像力がついたこと。
 
だから、逆説的に聞こえるかもだけど
たとえ目の前の人の数秘を知らなくても
いいんです^ ^
 
あぁ、この人の言動は、
もしかしたら怖いからなのかも、
 
分かりづらいけど愛情表現のひとつなのかも、
 
楽しいフリができないだけかも、
 
そう思えるから
橋をかけやすくなるのです。
 
 
 
橋をかけられないときもあるけど、笑、
それもマルと思える^ ^
 
もちろん
相手の数秘を知れば
さらに橋をかけやすくなりますね。
 
本当に数秘に感謝!
 
 
 
もうすぐクリスマスですね^ ^

 

 

こちらの記事、お魚に鏡を見せたら自己認識を行ったとの興味深い実験内容。

寄生虫を駆除する習性のある魚に、

自分の体にあたかも寄生虫がいるかのようなマーキングをして観察を行ったところ、

鏡を見せた時に限って、自分の寄生虫を排除するような動きを見せたそうです。

(自分で自分の体を触れないから、岩にこするなどして)

これは、鏡に映っている姿=自分、と認識できているとの証明らしい。

(この結果に至るまで、鏡を最初に見せた時などは、敵と思ったり、ただ、チラチラ鏡を気にしたりする工程を経ています。詳しくは記事へ^^)

 

お魚って、自分の姿を見ることができないよなぁってずっと思ってた。 

だから、イワシの大群とか本当に不思議。どうして、自分の仲間とわかるのか?

 

 

生物が陸に上がるということは、鏡との出会いなのかもしれない。

水面に映る自分を見ることができるということ。 

そして人は、自己認識に成功し、いつでも自分が認識できるよう、鏡を創った。 

 

鏡の歴史を辿るのも、面白そう。 

人間のエゴと関係してそうだなぁと思う。

この世からもし一度に鏡がなくなったら?どうなるんだろうね〜

お魚さん、教えて〜^^

 

写真はすべて、2014.8.3美ら海水族館にて。

 

 

 

 

英英辞書でartを調べたら、動詞の意味があって、古英語のare(eart)にあたった、これって、ただ「在る」だけでartってことじゃない?素敵だ〜! 
 
そう考えると、
私達は、それぞれ一点もののアート。
あなたも、わたしも。
 
そう考えると、他人と比較する必要なんてないんだよね。
自己肯定感が低いとか、高いとか 言ってる場合ではなく
肯定せざるを得ないというか、
降伏せざるを得ないというか。
 
そんな気持ちになりました。
 
語源について、もう少し調べてみようかな。
 

 

 

今日は、恩師である、英語の駆け込み寺の和尚の言葉をご紹介。 

 

「わたしは、討論とはテーブルを囲んで、テーブルの真ん中に置かれた〈物体〉の正体を見極めるために行なう話し合いのようなものだと考えています。 対象の物体は見る角度によって違うので、その像を見極めるには、角度の異なる見方が必要です。 おのおのの見方を持ち寄って、じっくり話し合うことで、次第に全体像が見えてくるのです。 反対側に座った人は、当然、まったく別の見方を出すかもしれません。しかし、それは、また正しい見方でもあるのです。」 

(日本人の英語はなぜ12歳か? 片野拓夫著、青灯社 より引用)

 

 数秘と絡めるなら、

 

 おのおの見方は、数秘で予測がついたり理解を助けるツールになると思います。

 みんな違って、みんないい、し、 

むしろ、異なる見方が必要なんです、実態を見極めるために^ ^ 

 

そして討論は、私がイメージするのは 

朝まで生テレビ的な感じじゃなく、 コタツでみかんでも剥きながら 

 

 みかんってさぁ、 

 

 から始まり、 

 

 金八先生の話題に移ったりして 

 

 人間てさぁ、 

 

 みたいな話になるのが好きです 笑 

(みかん載せてみた。笑。)

 

テーマは、抽象的になればなるほど、 実態を見極めることは困難になるでしょう。 

 

 でも、 時間も忘れて夢中で語り合えたら、 そこは、数秘を超えた何かで 繋がることができたりしてね^ ^ 

 

 そんな世界を見てみたいなぁと ふと思ったのでした。 

 

今年のスタバクリスマスもめちゃめちゃ可愛い〜♡

 

 

今日、結婚記念日だから、再更新^ ^

先日、久しぶりにゆっくりテレビを見る時間ができて、

むかーし録画してあった、「デスパレートな妻たち」のお気に入りのエピソードを見てました。

デスパレート=崖っぷち、なので、「崖っぷちな妻たち」。海外ドラマらしいドタバタしながらの、人間くさーいドラマ。

今日は、自分が、忘れないでおきたいセリフがあったから書き留めます。(長いですw)

 

最終回(「シーズン8。エピソード名:晴れやかな妻たち ”The finishing hat”)。

NHK BSプレミアム放送分より、書き起こします。

 

最終回は、結婚式を軸に、物語は進みます。

結婚式というひとつのイベントを通じて、妻たちは、大切なものを思い出していく。

 

そのうちの1組の夫婦(トムとリネット)の話。

 

リネット:「今の生活をやめて(遠方のNYに引っ越して)やりたい仕事がある。このチャンス逃したら、、、」
トム「幸せになれない?」
リネット「ああ、そうね」

 

そして、ため息をついて、トムがこう言います。

 

「僕が知る限り、
君は自分に満足したことがない。
いつも何か足りないと思ってる。



ここまでくれば気づくよね

一生、満足しないって」

 

その言葉に揺さぶられたリネットは、仕事を諦め、乾杯のスピーチでこう言います。

 

「おめでとう、
今日は人生最良の日だと思います、
心から実感していることでしょう。

”やっとこれで幸せになれる”って。



 

・・・でもすぐ忘れる。



 

忘れるとどうなるのかっていうと、

 

それまで朝目覚めるたびに感じていた、

愛されている喜びが薄れて、探し始めるの。

”今度は何がいる?何があれば幸せになれるの?”って。

(略)

 

いくら探しても見つからない、だって、
必死で埋めようとしていた心の穴は、
もう埋まってるから...。

 

自分が忘れてるだけ。

 

だから、ずっと忘れずに、心に留めてほしい。

 

どれほど愛されたかったか、

どれほど今愛されているかを。

 

それさえできれば、簡単じゃないけど・・・

探すのをやめてこう思える。

 

自分はもう幸せだって。

 

心に留めることに、乾杯」

 

その後

トム:「そんな君ならどこでだって幸せになれる」

 

と二人はめでたく仲直りして

トムはリネットの仕事を応援し、ほどなくNYに引っ越していくわけですが

 

いつでも、どこでも、幸せと思えることって大事ですね。

これは、結婚してるかどうかに限らず。

 

「こんな仕事ができたら・・・」

「これを得たら・・・」

 

幸せになれる?

 

「いま」をみたときに、

幸せを感じられないのに。

それらを得たら、幸せになれるのだろうか?

幸せって、そんなに急に降ってくるものなのだろうか?

 

幸せを決めるのは、

きっと自分の見方しだい。

そして、いくつ、幸せを数えられて、

心に留めておけるか。

 

忘れずに心にとどめておきたいから、

定期的にこの記事読み返そう。

すぐ忘れるからw

 

他にもいいエピソードがあるので、またの機会に紹介します(^^)
 
2019.11.8追記
昨日は、偶然休みが主人と合い
家でお茶しながら少しゆっくり話すことができました。
ありがたや。

 


数秘鑑定やってます(対面、オンライン)40¥4,000ー。
詳しくはこちらをどうぞ^_^

メニュー以外にもカスタマイズできます、ebikayo@mineo.jpまでお気軽にお問い合わせください。

 

 

お気に入りの詩、ありますか?

最近この本を読んで、あらためて、詩っていいなぁと感じています。

 

詩って、

小説ほど描写がない分、

逆にズドンと響くものがあるのですよね。

 

言葉にならない思いを、

詩が表現してくれたりとか。

あぁ、わたしの心のモヤモヤは、そういうことだったのか、とか。

解釈を読み手に委ねるところも好きです。

すごく癒されるのです。

 

この本は、いろいろな人生のケース(出来事)に対して、

鴻上さんが谷川さんの詩を提案してくれます。

 

本の帯にあるケースの他に、

「愛されなかったら」「愛されたら」「大切な人をなくしたら」・・・等

約10のケースが。

鴻上さん曰く、鴻上さんは谷川医院の受付で、

症状によって詩を処方する係なんだそうです 笑

ケース別の鴻上さんのエッセイも面白い。

 

是非是非、手にとってみてほしい一冊です。


 

さて、わたしは、好きな詩はこうして手書きもして味わいます。

三好達治さんが谷川俊太郎さんと出会った時の衝撃を語った詩。至福。

「二十億光年の孤独」集英社文庫

この本には英訳もついていて、英訳の方も大好きでよく書写しています。

 

最近は自分でも詩を書いてみるようになりました。

3行とか4行だけど。

これも癒されますよ。

詩を使って、自分を満たし、内省しているのだろうなぁ。

 

鴻上さんによれば、

故ダイアナ妃が亡くなったとき、

何万という花束が宮殿にたむけられ、その時多くの花束には詩が添えられていたそうです。

なんか、素敵ですよね。

そしてできれば、大切な人が生きているうちに、花束に詩を添えて渡したい。

 

最後に、谷川俊太郎さんの素敵な詩を引用して終わります。

みんなで詩を読もう、書こう。


 

「問いに答えて」

悲しいときに悲しい詩は書けません

涙こらえるだけで精一杯

楽しい時に楽しい詩は書きません

他のことして遊んでいます

 

詩を書くときの心は穏やか

人里離れた山間(やまあい)のみずうみのよう

喜怒哀楽を湖底にしずめて

静かな波紋をひろげています

 

<美>にひそむ<真善>信じて

遠慮がちに言葉を置きます

あなたが読んでくだされば

心が活字の群れを<詩>に変える

 

引用元「そんなとき隣に詩がいます」大和書房


今日もしあわせでした。ありがとう。

 

 

この間、数年ぶりに会った友人が 

 

「私達は、残りの人生であと何回会えるんだろう?
会えるうちに沢山会っておこう!」 

 

と言ってくれて。

これから親の介護とかも始まるかもしれない、

自分もいつまで健康でいられるか?

 

そう考えると、今の数年に一度のペースじゃ、

両手に収まるくらいの回数しか会えない。

 

そして その場で次に会う日を決めました。

 

 一瞬で、 

 How many times we can meet?

から、 

 We will meet on xxx

になった。 

 

 canは可能性、willは約束であり意思。 

 

 決めれば、willになる。

 

 身体が動かなくなる、など、
意思があっても会えなくなるかもしれない。 

極論を言えば、明日、目が覚めないかもしれない。

 

 今、動けることに感謝して 

 会いたい人に会いに行こう、

やりたいことをやってみよう、

 

 意思さえあれば、できるときに。

 

  Where there is a will,there is a way. ですね。(^_−)−☆

 

写真は、この夏いろんなお友達と食したものたち。
楽しかったな、
ありがとうありがとう。

 

 

今朝、7歳の息子に、「ぼく、100年後は大人?」と聞かれました。

 

100歳はおじいちゃんだよ、20年後だよ、と答えたけれども。

 

 大人とは?

 

 法律上は、20歳だけれども。じゃあ40代の私は大人?と考えたとき、やっぱり100年くらいかかるかもねぇ、と答えたのでした。

 

その後、谷川俊太郎さんの、「宿題」という詩を思い出す。

引用します。


宿題    谷川俊太郎 作

 

目をつぶっていると

神様が見えた

 

うす目を開いたら

神様は見えなくなった

 

はっきりと目をあいて

神様は見えるか見えないか

それが宿題

 

引用元:「20億光年の孤独」集英社文庫


大人になるって、神様のことがわかる、神様のことが見えることなのかもなぁ。

 

100歳になるまで、見えるかな(^^)

 

 

こちらの詩集、英訳もついていて勉強になる。

こちらの詩集もおすすめです。恋愛詩はやばいよ。

わたしのお守りの宝石とともにパチリ。

右)ミキモト

左)デゥーズヴァンキャトル  https://www.instagram.com/douze_vingtquatre/