先月3月17日に、東日本大震災の復興チャリティーコンサート(Hope for Tohoku )に行ってきました。

向かった先は、New England Conservatoryのジョーダンホール。

メインコンサートが始まる前に別室でレセプションがあり、ボストンにある日本食レストランのオードブルやお寿司が振舞われ、琴の演奏が行われました。

(ブレブレの写真で失礼します。)

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被災地からも高校生2名が来米し、震災当日の体験やその後の生活について日本語と英語で語ってくれました。


そして、行われたメインコンサート。LSO(Longwood Symphony Orchestra)による演奏です。

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リストやベートーベンの楽曲のほか被災者に捧げるために作曲された弦楽合奏曲が演奏されました。ロシアから来たゲストピアニストの演奏が素晴らしかったです。

このオーケストラ、なんとほとんどが医療関係の仕事をしながら楽団に所属していますメガネセミプロとでも言うのかな。


~ Como quiser ~お気に召すまま☆

LSO(HPより引用

医学知識も音楽の才能も持ち合わせているなんて、素晴らしい薔薇


会場は、被災者の前での演奏となったこともあり、とてもあたたかい雰囲気に包まれていました。私の隣に座っていたイタリア人夫婦は原子力関係のお仕事をされているようで、いろいろと複雑な思いがあるようでした。

女子高生のエピソードがとても印象に残ったので少しご紹介します。


震災当日は楽しみにしていた卒業式で、お母さんと家にいたところを津波に襲われてしまった。何とか泳いで母の元へ行くと、母は何かに足を挟まれ身動きとれない状況に・・・。挟まっているものが重くて一人では動かすことができない。

助けを呼ぶこともできない中、余儀なくされた選択は、

このまま一緒に残って津波に巻き込まれるのか、自分の命を取るべきか・・・。

生まれてきてからの感謝と母への想いを精一杯伝え、泣く泣く避難したというお話。


お母さんは、その時に「ここに居て」と言っていたそうです。


17,8歳でその決断しなければならなかったことやその後の生活を想像すると、どんなに辛かっただろうと本当に心が痛みます。彼女は、世界中の国から支援を受けたことに感銘し、将来同じような経験をした子どもたちの力になりたいと未来についても語っていました。その勉強のために今春から海外留学するそうです。

津波により、一瞬にして人生を変えられてしまったこのような話がいくつもあることに改めて気づかされたとともに、壮絶な経験をしてもなお前へ進もうをしている姿に胸をうたれました。

決して、忘れてはいけないですね。





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