私は最近メンタルクリニックを3件目に変えました。

最初は鬱病と診断され、
2件目は発達障害の当事者の方から紹介された、クリニックで検査してみたら私も発達障害と分かりました。
でも社会での生き方について意見が噛み合わなくなり、コンサータと言う薬が出せる発達障害を診れる病院というところで自身で探しました。

3件目は、明日が2回目の診察日になりますが、担当医との相性はまだ判断出来ない現状です。

そんな日常の変化の中、以前から感じて止まない、世間の発達障害への不条理について書きたいと思います。


私は、体調の不安定やあらゆる過敏反応の為、発達障害と診断され医師の意見も含めて、一般の就業は負担が強いと言う事になり、仕事を厳選せざるを得ない事になりました。
若い頃は今と同じく、負担からくる病に倒れても、案外若さ故に体力で押し切って自分の身体と会話しないまま行けたけど、そもそもそれは私本来の特性に無知で非合理だったと言う事。
発達障害にも理系と文系に分かれるところがあり、私はどちらかと言うと文系タイプだと結論を出した事。
しかし、医者でさえこれには認知の差があり、極端な医師は理系前提として話を譲らない傾向があるのです。
それが、意見が合わなかった、私の2件目の担当医です。

私は自分が発達障害と結果が出てから、自分でも調べ始めました。
自分の漠然とした生き辛さと、発達障害の整合性を照らし合わせ出しました。

本からであったり、当事者の会に参加したり、当事者のYouTuberの動画、そしてブログ等現状の生の様子に付いても理解を自分に繋げながら深めて来たつもりです。

鬱病患者と発達障害者の社会での認知や対応は、そんな当事者としての自他含めた認知とは結構深い隔たりが根強いなぁ〜と思う事が多いです。

発達障害だけど、鬱の薬と発達障害用の薬も同時に服用している私は、鬱病患者でもあり、発達障害者でも有ります。

そして、随分大人になって、体力が弱くなるまで一般で社員も務めたり、若い頃は給料が安いから、自活の為に昼間の仕事の他夜の仕事も繰り返していた身としては、普通を装う意味でも、社会勉強は健常者の社会勉強以上に神経使って尽くして来た自負も有ります。


ここで、
やっと本題です。

一般社員で働くには無理が有る。
実際体力が以前と違って、直ぐに尽きてしまう。何故なら鬱病でも有るから。

直ぐに一般社員で無くも、障害者枠で入るのも、世間は発達障害に理解や認知が浅い。

鬱病も悪化してしまうかも知れない。

…と言う訳で周囲や行政等の勧めで、障害者事業所のA型と言うところに入ってみた。

だが、精神病にその頃分類されていた発達障害は、あやふやな認知しか事業所にされてなく、当事者との間には広い広ーい齟齬が有りました。
それよりともかく、利用者は精神病の方々は1割いらっしゃるかどうか…ほぼ軽度から重度の知的障害の方々ばかりでした。
聴覚過敏の有る私としては、彼らを差別している訳では無く、性質的に重度の知的障害の方々と一緒には仕事の環境としては、負担が強すぎた。

担当職員さんは、とても思慮深く感受性も豊かな方だったのがせめてもの続けて行く励みにもなっていたのですが、結局はそのたった1人の存在しか支えが無く、病気が全身に一気に様々と発症して、外からでも分かりやすい程病んで身動き出来なくなり、辞めました。

それからは、地域活動支援事業所内の与えて頂けるお仕事を参加しながら、社会復帰も計画していましたが、こちらは精神病特化として市が委託事業していたのですが、メインに集まる方は統合失調症の軽度から重度の方々でした。
ここで発達障害の方に出会いまして、検査や転院を勧められ、2件目のクリニックに繋がったのが、1番の収穫…と言ってはなんですが、その他はA型事業所で出会った担当職員さんの様に私を1人の人間として向き合って信頼を寄せる以前の話しで、
ムシロ発達障害障害の当事者と結果が出る前までは、私相手に発達障害に対して偏見と見下した発言も少なくなかったです。

そんな体制の施設が、市の委託事業で、市の予算で運営されていたのです。

そんなところだから、発達障害者の方々は、皆次から次へと利用しなくなって行きます。

街の当事者会に行ってみれば、地活(地域活動支援事業所)は利用しない。リーダー自ら地活はむしろ勧め無い迄言明していた様子なのです。

他にも精神病のB型事業所と言うところも行ってみましたが、社会復帰をむしろ足を引っ張るような事ばかり、職員さんから当たられました。
聴覚過敏の状態の意味も理解するどころか、そんな話聞いたこと無いと断言され、イヤホン等の環境音の調整器具の装着も許可して貰えませんでした。
これでは一般の障害者枠ですら、受け入れている会社も有るのにも、です。

こうして事業所だけでなく出来る範囲内で努力している現在ですが、
やはり当事者の方と社会の生き辛さを〝阿吽の呼吸〟で話が出来る人と話したいと言う欲求は湧いて来ます。

そんな最中、今度は市が今まで療育として発達障害の二十代迄の施設は存在させていたが、三十代以降の〝大人の発達障害〟の活動支援をやらねばと言ったかはわかりませんが、
精神病の地活で、居場所を無くしていた発達障害者の方々の為に、改めて発達障害者用の地活を行政管理の下で立ち上げる話が出て来たのが、今年の初め頃でした。

最近になって私は1人で障害事業課に、進捗状況をたずねに行ける時間が出来まして、軽い気持ちで
「発達障害者用の地活が出来ると伺っていますが、その後は如何でしょうか?」
と伺ってみました。
しかし、聞いた内容がこれまた問題でして…
ホンの少しの間内職の仕事を斡旋してもらった事業所が有りまして、こちら表向きはオールラウンダーの全ての障害者への事業所としてますが、メインはまたまた重度が中心の知的障害者用の事業所が本来の得意とするところ。
内職にしてもまともに明細書を起こす事も出来ないので辞めたところが、運営権を市に任命されたと言うではないですか❗️❗️❗️
更に、発達障害者に特化された地活のはずなのに、市の担当職員曰く、
「発達障害と軽度の知的障害者を合わせた施設にします」だそうです。



…当事者でない皆様からしたら、知的障害と発達障害の差も分からない方もまだまだたくさんおられると思います。

私も実際発達障害と結果が出てから、発達障害の当事者だったのに、勉強するまで良く分かっていませんでした。

昔は自閉症と言えば、知的障害込みでした。
今、以前通り名になっていた〝アスペルガー〟も今や〝自閉症スペクトラム〟と呼ばれます。

だけれど、私も検査では知的障害は無く、私以外に、出会ったり、ネットの世界でもむしろ平均値以上のIQをお持ちの方も少なく無いですね。

私はもう良いだけ歳も経験も積んできた、ボロボロのオバちゃんですが、社会に出遅れて生き辛さを感じている、知能指数は平均値以上の発達障害者の方々が、知的障害者の方々と活動支援を行政に自慢げにだされたらどうでしょうか???

知的障害者の方の生き辛さと、発達障害者の生き辛さはまったく違いますよね???

それに、運営が重度の知的障害者に強い、給料明細さえちゃんと作れない事業所だなんて、信頼できますか???

再び巷で
「地活はダメだ。勧めない。利用しない」
になって世間に不条理な不信感と無気力を、募らせてしまうばかりだと考えて仕舞うのは、私だけでしょうか???

私はせめて担当部位が、もう少し基本的知識と認知をして頂きたいと思います。
若い無垢な当事者の方々を、世を儚む様な思いに追い詰めないよう願うばかりです。


更に私は1人でも必死に、出来る限りの行政へのコンタクトは続けて行きたいと思います。
これは当事者でも自分の為では有りません。
私は当事者である事を知らずに、病に倒れてがちな身体と一般に合わせる為に歪ませずにいられないまま、1番の働き盛りをそれで過ごしてしまった後悔がどうしても有るから、
無垢な当事者の方々は、未だ矛盾がたくさん蔓延っている社会に潰されて欲しくは無いからです‼️

一部のYouTuberの方が、此れからはもう発達障害者は安心と仰っていらしたけど、現実に今行政がこんな認知です。

まだまだ生き辛さの残る世の中に、頑張って行きたいと私は思っています。
今日は夏の大祓いに氏神様神社⛩でお祓いしてきました🙏➰⭐️


 夏の大祓いは毎年6月30日に行われる、1年の半年分の心身ともに溜まってしまった穢れを祓う行事ですね。

 行事は小雨の中、滞りなく行われて終わりました。

 案外若めの家族連れが多い毎年の参加者の皆さんです。
 雨の中☔️☔️☔️例年より少なめな参拝する皆さん。
 
 今日は何か神社⛩で神様にお願いすると言うより、穢れを祓うのがメインなのですが、ついおみくじを引いてしまいましたねー💦💦💦

 ソンナンだから結果も悪く凹んで帰って来ました😢😢😢

明日になったら7月だから、七夕の願い事🎋書いて行こうかなぁーーと思います❣️

穢れは祓った❗️明日から変わるぞー💪⭐️
やっぱりカミングアウトは何も得しないと、YouTuberの当事者も仰っていましたが、

ヘルプマーク ストラップを所持してからの付き合い以外の人と、初対面を初めて交流しカミングアウトしてみたんですが、それは凄くストレス倍増と悲しさが溜まって、ムシロここにカミングアウトする勢いへとなりました。

唐突にカミングアウトします。

『私はADHDとASDの発達障害です』

発達障害は最近ネット情報に無関心の方以外にも、マスメディアでもたくさん取り上げて頂いて居ますが、私もそれら全てを追えている訳では有りません。
 しかし少なくとも、私が知る限りでは今まで当事者がほぼリアリティある構成だな…と感じたのは五本の指が余る数だけです。


私は昔から身体がストレスに弱く、だから免疫力が著しく低いので、しょっちゅう病気で倒れていました。
 拒食と過食も繰り返したり体重も35㎏から85㎏と振り幅が大きい。
 なんでこんなに苦しくて生き辛いンだろうって、小さい頃から厭世観に追い詰められていた。
 それでも頑張って生きて、紆余曲折を経て、偶然発達障害をカミングアウトしている方と知り合いました。
 私の体調不良や社会の中での苦しみになる身体の反応など、例えば聴覚過敏や人混みの閉塞感、強い光に狼狽え萎縮してしまう気分、自己流の感性は他人にとって異様だったりと、様々な『普通』からは異質だと自他共に自分を下げて、なじり、隠し歪めて『普通』に馴染めるように演じてきた事は、自分の努力の足りない未熟ばかりのせいじゃなかったと示唆してくれた出会いでした。
「症状が似てるから、とにかく発達障害の検査受けてみなよ」
 から始まって、長い間の社会と自分の疎外感厭世観から来る自己否定や孤独感にやっと新しい自分を始めるきっかけになりましたが。

 出来る事と出来ない事の差が大きく開き、殆どが平均的に出来る『普通』の人の脳の稼働とは違います。
 比較的理系が多い発達障害らしいでが、その中でも少数派になりますが、私の場合は文系…と言うか、目からの情報に過敏だし集めて行くので、手先も器用も相まって、創作系に得意が集まります。
 ですが、聴覚過敏という症状は、とにかく音を選択優先する機能があまく、それどころか、全てを聞こえ過ぎて騒音喧騒の洪水の中で溺れている様な状態なんです。
 そんな状態の自分が周りの様子と違うから、みんなもこんな中で冷静に平然と生活しているから、嫌がり狼狽える自分がワガママなんだと思って、自分を無視して周りの様に平然を装うことに何十年も過ごして来た。
 それは当然いつまでも続けられる訳もなく、歳追うごとに体力的にもストレスに勝てなくなって、病気がちになって行くわけですが…

 私としては、発達障害だと結果が出て、やっと自分を許せるようになれてきた事は、大きな生きていく上での免罪符を貰ったような気分になりました。
 だって自分の努力が足りないとか、ワガママだけではなく、どうしようもなく脳の稼働のバランスが極端な故なのだと原因が示されたのですから。

 仕事も発達障害を開示してその上で、それでも受け入れてくれるところで生きてます。
 いわば、理解の上での許させた環境での社会的生活です。

 それは反対に理解されず、存在を許されない社会がある事の裏腹です。

それが今回初対面の方で看護婦さんを生業にしていると仰っていた方との出会いが、うっかり忘れていた社会の中での『普通』じゃない自分を突き付け、改めて疎外感厭世観から呼び戻されました。

 悲しいかな視覚から過多に情報を集めてしまうので、その人の表情…瞳や口角眉の動きで、身の振りで、私を怪訝に観ながら見下したり避け身を引いたり、まず友好的に今もこの先も触れ合いたくないと、あからさまに押し付けてきたのが否定しきれないほど見せてきたのです。
 そこまでしなくても、学習障害は無いのだから分かるのに…と静かに受け取りながら、関わらずに居なくてはいけない時間の間だけでも、私はこちらからはなんの素ぶりも示す事なく、ご希望に沿うように只々平に時間を過ごしました。

 『発達障害のカミングアウトは自分の得になるか?』

 看護婦さんを生業にしている…医療に従事している方でさえ、一般以上に理解も知識もない障害です。

 それはまだまだ容易く生きられる世界では無いでしょう。

 特にこの日本では。。。

 昭和生まれの私の若い時代よりは、個人の個性を発揮する世の中ですが、会社で聴覚過敏のイヤホンや視覚情報を集めてしまう故の集中力散漫の為のパーテーションの有るデスク。
 意外と海外ならドラマや映画の中ではよく見る光景は、外資系でも無くば珍しい光景です。
 
 私が海外なら、タラレバでしかないですが、発達障害を診断する事も手を挙げる事もなかったかもしれません。
 自己主張とプライベートと個性を支持する世界なら、私は自分は自分として居場所は容易く見つけられたかもしれない。

 少なくとも無知から来る過剰な、拒否や卑下は味合わなくても良い社会なのじゃないかしら?

 日本は海外の精神医学会からも指摘されている程、医療的に対応も治療も認識も遅れをとっていると読んだ事が有ります。

 それも片隅の知識だけではないようにも、マスメディアや医療従事者の様子からも現実的に感じます。

  私は一生働きたい。
 だけど、働ける場所が限られてしまう。

 発達障害は出来る事を上手く適応出来れば、一般以上に成果を出せます。
 言わばマッチングの世情が整う未来もまだ夜明けすら伺えないだけなのです。

 これは人生後半を迎えた私より、発達障害を診断される子供達が増えて行っているという情報も含めて、後進の若い層にも重大な生きる尊厳や社会の損失にも続く話しになるものと私は危惧します。

 作られないを嘆くだけでは情けない。
 しかし私にはそれに対抗するノウハウも人脈もない。

 出来れば他愛もない愚痴でも良いので、同じ発達障害の人だけでは無く、前向きな忌憚ないご意見をお聞かせくださいマセ。


 これからもまたこの件で書いて行きたいと思います。


  よろしくお願いします🙇‍♀️💓