いやあ 触発されてしまいました。


かれこれ十年来の友人のブログ、しらぬ間にしっかり作りこんであり、見事でした。


美術館みたいなブログで企画展みたいに、ネットを通じて他者を招き入れてました。


今回は旅行記になってました笑


その友人は いつも言葉の選びかたが上手で


おいしいものが大好きな、わかりやすく言うと「かもめ食堂」好きな女子です。


私も「かもめ食堂」好きですが笑。


彼女には将来 ぜったいに雑貨屋さんを開いてほしいです。


そこで猫を飼って、となりのカフェへお茶をしに行く間は 自分勝手にクローズして


「お隣にいます、声掛けてください」


とかメモを戸を貼ったりしてほしいです。


うん、なんというか。


しあわせをつかめ、と私は 随所 随所で感じて生きているのですが、


彼女はしあわせをつかめる人間だと 思うのです。


それってめちゃ大事なことだと思います。


さあ、みなさまの明日がしあわせに満ちたものでありますように。


世界が少しでも「まし」でありますように。


おやすみなさい。



今日のコモさん;


天国のお母さんの面影を思い出して、夜空を見ながら にひにひしてました。


ほんとは 切ない気持ちもいっぱいあるんですよ、コモさんにも。


でも、彼女はそれを超越してるので 結局 にひにひしてしまうんだと思います。


ね、コモさん。


お暑うございます。


本日 日中 仕事で家を空けておりまひた。


すると その間に、連れ合いが部屋の模様替えをして ベッドやらたんすやらの配置が


見事に変っておりました。


(すっげーーーー音譜


私は それはもう掃除やインテリアコーデネートが下手なのですが


連れ合いは得意なようで


きれーーーに 整理整頓してくれます。


ええ人じゃあ。。。。


ありがたやあ。。。


と思います。


世の旦那さま方に申し上げたいのですが、


家事が得意でなくても頑張っている奥様方には


心から感謝して もし、得意な家事があるのなら


率先して請け負い、奥さんから尊敬と信頼を勝ち取っていただきたいです。


分かっていてもできない、というのが男の本音なら


できなくてもするしかない、という女の本音も


理解できるはずです。


誰かと生活するということは 一歩ずつお互いの本音に触れ合うことだと思う私なのでした。



今日のコモさま:


熱さが楽しいのか 調子に乗って 妖怪走りしておって おもいっきり こけてました。


その際、「松の木の下で また会おう」 って言ってました。


明日も天気になあれドキドキ


わたしが小学生のころ行きたかった国は ルーマニアで


十代のころ興味があった国は アフガニスタンだった。


でも初めて行った外国は ニュージーランドで


長期滞在したのは イギリスだった。


わたしにとって昼寝できる外国は 台湾で


路上にめちゃでっかいうんこをみつけたのは パリで


ひたすら感銘をうけた賑やかな町は コルカタで


人生で一番幸せな家出先は スイスで


夕暮れは案外暗いことを思い出したのは ネパールだった。


借金してでも 外国へ行け。


そう思っていたのは、所詮 金がなけりゃ どこにもいけないことを知っていたからだった。




アジアの街角につったっていると なんもかんもが 生身なことに気付く。


露出して動く生命に あっとうされる。


明るくて、、、 後がない。


どこにも記されることのない「存在」。


子どもたちがわらわらと寄ってきては あの笑顔


意味がわからなくなる。


そうやって わからなくなることを避けて ようやくわたしは会社に行ったり、


家事をしたり、テレビをみたり、くだらない不満にため息をついたりする。




少しまえに 「わたしが孤児なら」


という仮定の話を仕事の話のなかでしたことがあった。


「わたしが孤児なら、


間違いなく、数百人単位で子どもが集まるアジアの孤児院で育ちたい」。


その言葉に、周囲は少し固まるのだけど、


でも そこにきっと嘘はない。


いつも、心のどこかにあった。


捨ててもいいから 産んでくれ。


産んだことを 責めないでくれ。


産まないと 生まれない。


生まれないと 産めない。


わたしが訪れたところには いつも人間が産まれ そして生きていた。


生きていないと どこへも行けないね。