わたしが小学生のころ行きたかった国は ルーマニアで
十代のころ興味があった国は アフガニスタンだった。
でも初めて行った外国は ニュージーランドで
長期滞在したのは イギリスだった。
わたしにとって昼寝できる外国は 台湾で
路上にめちゃでっかいうんこをみつけたのは パリで
ひたすら感銘をうけた賑やかな町は コルカタで
人生で一番幸せな家出先は スイスで
夕暮れは案外暗いことを思い出したのは ネパールだった。
借金してでも 外国へ行け。
そう思っていたのは、所詮 金がなけりゃ どこにもいけないことを知っていたからだった。
アジアの街角につったっていると なんもかんもが 生身なことに気付く。
露出して動く生命に あっとうされる。
明るくて、、、 後がない。
どこにも記されることのない「存在」。
子どもたちがわらわらと寄ってきては あの笑顔
意味がわからなくなる。
そうやって わからなくなることを避けて ようやくわたしは会社に行ったり、
家事をしたり、テレビをみたり、くだらない不満にため息をついたりする。
少しまえに 「わたしが孤児なら」
という仮定の話を仕事の話のなかでしたことがあった。
「わたしが孤児なら、
間違いなく、数百人単位で子どもが集まるアジアの孤児院で育ちたい」。
その言葉に、周囲は少し固まるのだけど、
でも そこにきっと嘘はない。
いつも、心のどこかにあった。
捨ててもいいから 産んでくれ。
産んだことを 責めないでくれ。
産まないと 生まれない。
生まれないと 産めない。
わたしが訪れたところには いつも人間が産まれ そして生きていた。
生きていないと どこへも行けないね。