人って 知らないうちに いろんなことを期待してしまう生き物です。
なのに期待されちゃうと困ったり 怒ったりしてね。
だからって期待がなければ 裏切りは存在しませんが 刺激もへったくれもありません。
つまり 非常につまらん状態とも言えます。
大人が推奨する「夢と希望」なんて 5万パーセント「期待」で出来ています。
期待というか そういうものがあるから 人間生きていけるんだと思います。
たとえば。
数年に渡る不倫の彼に捨てられたトラウマで「結婚できない」と泣く女性がいるとしましょう。
彼女は優しくて魅力的な既婚男性に恋をして
将来 彼が離婚し、自分と一緒になってくれるのでは? と「期待」しました。
始めは秘密にしていたんでしょうけど、年数を重ねるにつれ
友達にも愚痴をこぼすようにもなり、それを聞いた友達は賛否両論。
それぞれにアドバイスしたことでしょう。
そして いくつかの季節が流れて、我慢できなくなった彼女は
「私のこと 愛していないのなら せめて 私を捨てたら どうなの?」
と詰め寄り、彼は 彼女の元を去りました。
はい すると彼女の友達は 彼と別れたことを褒めてくれるでしょうし、
今度は いい恋しなよ、とか励ましてくれるかもしれません。
けれど 友達の本音は もう彼女に本気で 明るい期待なんかしていません。
いい恋なんかできるわけないじゃない とか 幸せな結婚なんかできるわけないんだわ とか
負の期待をしたりしているのです。故意にではなく、無理にではなく 割と自然に。
そういう負の期待をしっかり払いのけなければ
人は ずるずると引きずられてしまうということです。
彼女の最大のミスは 不倫をしたことではなく、明るい期待を自ら捨ててしまったことかもしれません。
明るい期待とは はじめ 「彼に好意をもたれたい」とか 「寝床で愛されたい」とか
そんなもんだったはずです。
でも 「彼は奥さんと離婚して 私と一緒になってくれる」という より強い期待に変わり、
その期待がなかなか満たされず 彼に負の期待、つまり理想と反対の期待をかけて
最終的にシナリオ通り 彼は彼女の元を去ったわけです。
問題は その負の期待は その後も勝手に繁栄を遂げ、彼女の友達は 彼女に代わって
彼女に負の期待をかけていくことです。
想念は どんなものでも なにかしらの結果につながっているようです。
「いい恋なんか 幸せな結婚なんか できるわけない」。
これを無意識に感じ取った彼女は なんとか「不倫相手に捨てられたトラウマ」 と理由づけて
泣いているのかもしれません。
残念ながら、これは どうしようもないっちゃあ どうしようもないことです。
ただ、期待した私が馬鹿だったな、なんて ありがちなことを口ずさんで
時間がたつのを待つことが出来たなら、きっと状況は変ります。
そもそも結婚と不倫なんて 世のシステムとそれが生み出した欲望にすぎません。
そんなものに翻弄されずに 堂々と
優しくされたい
セックスしたい 子どもが欲しい
金がほしい 信頼がほしい 一人になりたい 等
自分と向き合って はっきりさせるべきなのです。
どんなけ自分が欲深で 汚らわしく 不寛容な存在か はっきりさせるべきなのです。
遠慮なんて要りません。
誰も怒ったり罰したりしませんから 素直に考えてみたらいいと思います。
そこまでしたら 負の期待って必ず薄まります。 残るものって どうせ明るい期待です。
図太いんです、人は。
世の中的に「重い女」が疎まれてますが、「軽い女」は見下されますからね、
世の中は いつも薄情なものでございます。
自分を重いだの軽いだのと自嘲するのは、一時は楽しいかもしれませんが
心が多少なりとも歪むと思うので、あまりし過ぎるのは良くないと思います。
けっきょく。
「なんとでも言いやがれ」。
これくらいの気骨でもって しゃんしゃんと生きたいものです、はい。
コモさんの今日のお言葉・・・
(ケーキの箱についていた3つ並んだ熊のシールを見て)
「このうち何個がおまけだろう?」