大学生になってから、毎年度、何かしらの新しいこと、一年を通して「今年はこういう年だ。」と言えることをしている。初めは意図していなかったが、Instagramで年末に一年の振り返り投稿をしているうちに、毎年何かしら1つ継続しているということに気づいてからは、なんとなく「今年一年やること」というのを漠然と設定している。そして、今年のそれが、このブログということだ。
SNSを本格的に始める時にブログも考えたが、今の時代にブログをやっている人間が周りにはいないし、世間的にもブログは小中高あたりがピークだったように体感しているため、「今更ねぇ」と先送りにしていた。
ならばどうして今更?それは、私の今の身分的に、ブログを始めることぐらいしか新しいことに取り組めないからだ。単純にね。経済的にとか、時間的にとか、雰囲気的にとかなんとか。
映画鑑賞、読書、芸術鑑賞、神社仏閣巡りなどよくある「趣味」は、私の性質にすでに取り込まれた習慣のような、習性の様なものとなり、私にとって更なる新しい趣味とはなり得ない。
大学生には、まぁ学部によるだろうが、長い長いholidayがあってだな、私にもそれがあってだな、実家で見つけた能町みね子にはまったのだよ。そんで銀色夏生の日記みたいなシリーズも実家にはほぼほぼ揃っていて、人が書く、なんともない、筆者の呟きのような、呟きではなく日記のような、素朴な、取り留めの無いような、結論を出す気がさらさら無いような議論の面白さに、なんか、やっぱブログ楽しそうだなって。ね。
確かにTwitterの文字制限にもどかしさを覚え、写真メインかつ大学の友人メインのInstagramには頻回に批評や持論を展開することをなんとはなしに遠慮しているから、anonymous性を保つことに気をつけつつ、そこに胡座をかいて適当に吐き出そうという思考の流れ。ダンブルドアが記憶をためておくやつみたいにさ、どうでも良いような、でも忘れ去ってしまうのは勿体無いようなことはここに排水しようよ、貯水しようよってね。
日記を、1年、5年、10年の三冊もつけてるくらいだし、文章を書くの嫌いじゃない。まぁ続かないし特に日常に事件があるわけでもないから毎日でも無いけど、日記つけるの。
ま、そんな感じで。自分の学のなさを晒すことになるんだろうな。でも人それぞれ考え方は違うのだから、多面の中から何かしら数面を選択せざるを得ないのだから。という保険もしつつ。
ま、そんな感じで。
