ブログご無沙汰しております

8月15日に母が亡くなりました 97歳でした

6月30日に急性腎盂腎炎で入院してから
誤嚥性肺炎を発症し、経口摂取ができないことと肺炎が治らないことから「看取り」を選択して病院で息を引き取りました

声がでなくなって喉が渇いて水呑みたいとジェスチャーで訴える母に口腔管理用の小さいスポンジを湿らせて絞って口に入れてあげるとそんなちょっとの水分を吸おうとする母でした、その姿を見るのも辛くて1週間面会に行かなかったこともありました

チアノーゼが出たと聞いて面会したのが最期で、前日は妹が意識あったと言ってたけど私が握った手を握り返してくれることはなかったです


その日の夜中に電話が鳴って1時間でかけつけたけど間に合わなかったです


苦しんだ顔をしていました。

入院しなければ点滴で生かすこともなくもっと楽に逝けたんじゃないかという思いが残りました

葬儀屋さんが上手に化粧してきれいな顔にしてくれたのを見たのでとても救われました

3年前に父を送って今度は母で、二親を亡くすってこんな喪失感なんだと何も手につかず、時折思考が止まるパニック起こしたりしてましたが
葬儀を終えて少し落ち着いてきました

市役所は駅から徒歩15分くらいかかりそうな山の上にあります、その後の手続きの年金事務所は高速道路を使っても30分かかるところで、「残されたのが年寄りで車なかったら手続きできないよね」という不便さです


父のときは遺族年金を受け取る手続きが煩雑だった記憶ですが今回はすんなり進めそうです


四十九日と納骨の手配を済ませ、今日は少し余裕が出てきました


いま1番気がかりなのは「実家じまい」です

梅雨の合間に草むしりをして綺麗にしたはずなのにもう草ぼうぼうですし、庭木はあちこち虫喰ってるし

芝生は手入れが悪いから枯れた部分も目立つし。。。

妹はすぐにも処分したいと言いながらも「一周忌はみんなでここに集まってお弁当でもとる?」なんて言ってるし

葬儀屋さんから司法書士を紹介してもらったので

(古い)実家と(少ない)預貯金の分配の方法を指南してもらえればと思ってます





母の容態が急変しました

(水曜日)に面会した時はすごく喋ってて


(木曜日)に「誤嚥性肺炎を起こしたから会いたい人に今日明日じゅうに会わせて」と病院から連絡。取るものも取らず駆けつけました。主人も早退して車で実家に。実家泊

長女、次女もかけつけ面会できました


(金曜日)主人は実家から出勤。私は面会後、自宅に帰ります。

薬も着替えも持たずに来たのでいったん帰りました

長女と甥を都内まで同乗させて降ろします

何かあったら私の携帯に連絡がきます


(土曜日)支度をして主人と車で実家へ。面会も


(日曜日)草むしり、芝刈り。面会後、自宅に帰りました

土曜日から快方に向かい、酸素量も5リットルから3リットルに変更されました

日曜日はしゃべることができるようになりました

ホッとしたのは確かなのですが

心配なのと疲れでご飯を作る、食べるができず

夜も眠れません


これ、長引くと私のほうが先に倒れるかもしれません。それほどに心配な気持ちで往復する自宅と実家は距離があります



1週間交代で実家に泊まり込んで見守り介護をしていた頃のほうがずっと身体は楽でした

明日、明後日は自分の病院予約入ってるので身動きとれません。

今週編物教室でまた実家に寄るけれど

課題がまったく進んでません⇐当然なんだけどね(キャンセルしたほうが良いのかも)


誤嚥性肺炎は繰り返すようですね

だんだんと薬も効かなくなるし、経口食を摂らないので体力も落ちていく。。。

それを見守るのか、、、きついです



母の様子を見に行ってきました
病院は駅前なので、電車が便利かなと

今日購入した都営1日券ですが
ちょっと残念でした
西暦だったんだよね〜



それとつくばのショクダイオオコンニャク開花始まったそうです
明日と明後日は開園時間延長だって

でもちょっと行けないかなぁ、それも残念


都営地下鉄の新型に乗りました

座席にひじかけがついてる!

一人ひとり座るようになってる!

びっくりしました






母は熱も下がったようで、今日の昼からプリンを食べてるとのこと


1週間も寝たきりだから、歩けなくなってるのよ、リハビリ?もういいよ、97歳まで生きたからもういい


と言ってます


それにしても昼間のおでかけは暑くてこたえますね