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勝つのは、誰だ。勝利とは、何だ。
勝つのは、誰だ。勝利とは、何だ。
人の行く裏に道あり花の山-NEC_0844.jpg
みぃちゃん一着('-^*)/
勝つのは、誰だ。勝利とは、何だ。


負けたくないこと・・・咄嗟に出てこないですねぇ。スポーツやゲームの世界でならば勝ち負けははっきりするので分かりやすいのですが、プロでもなんでもない僕にとって勝ち負けが存在するものは、趣味、娯楽というケースが多いので勝ち負けよりも楽しいかどうかが問題になるかと考えられます。

よくメディアでは勝ち組、負け組みという表現が使われますが、これはメディアが好む手法の一つと感じます。物事を二極化させることで単純化し視聴者を引き付けようという思惑が見え隠れするので安易に乗っかるのは個人的に気が引けてしまいます。

しかし、それでは話が進まないので今回は人生の勝ち負けについて考えてみます。

仮に人生に勝ち負けがあるとするならば、以下の2点の条件がすくなくとも存在するはずです。
①勝ち負けを決するゴール地点がある、もしくは採点基準と採点者が存在する
②競争している相手がいる

まず①について考えてみます。ゴール地点はやはり死でしょうね。そしてゴールが死であるならば、戦争などのケースを除けば早い遅いよりも死に至るまでの人生のスコアが勝ち負けの基準となるでしょう。スコアが基準となるということは採点基準、採点者が存在するはずです。

では、採点基準と採点者について考えてみます。自分の人生であればその採点基準は本人の価値観であると考えます。すると、採点者は本人、つまり自分自身以外には考えられません。

同様に②の人生の競争相手についても他人の人生を歩んでいる人などいないという考えから、自分自身を競争相手とするしかないと考えます。

以上のことから、人生における勝ち負けとは死んだときにそれまで歩んできた人生が自身の価値観を満たし、自身の過去の姿や理想の姿、負の姿に打ち克つことができたのかどうかということだと考えます。

よって、僕が負けたくないことは、人生において自分自身に負けたくない、むしろ打克ちたいものです。