さっき仕事から帰ってきたら、一枚の葉書きが届いていた。

それは、短大時代から親しくさせていただいている先輩からであり、いわゆる「喪中欠礼」の葉書きだった。内容をよくよく読んでみると、なんとお父さんが亡くなったということで、まだ50代後半という年齢がそこには付記されていた。


僕は、なんか、なんとも言えない、こう、・・・妙な気持ちになった。

最近の僕といえば、口を開けば「女が欲しい」、ブログを書けば「彼女がいない」、もう頭の中では四六時中、女のことばっかりを考えていて、正直そんな自分にウンザリしているわけだけど、そういうしょうもない自分のすぐ隣りでは、こうやって生命の明滅がドラマチックに繰り返されているのだった。



なんか、ともすれば、変化のない怠惰な日常のように思うことがある。

「永遠」がそこに広がっているような。

でも、どうやら時代は確実にうねうねうねりながら、その脈動を続けている。





目先のちまちましたことに一喜一憂して翻弄されていたら、もっとスケールの大きな時代のうねりにバカにされる。・・・そんなことを強く思ったんだ。




女のことを考えていた時間を、3割ほど別のことに充てよう。もうちょっとスケールのでかい事を思考しよう。そんなこんながスローガンです。