先日、落語家の立川談志さんが亡くなったらしい。

青天の霹靂とはこのことか。なんか、とにかく驚いた。
忌野清志郎さんが亡くなった時と似た感情を僕はおぼえた。


僕は落語のことは全く分からず、また落語の楽しみ方も未だ分らないままだ。
そんな中、談志さんだけは「どこか気になる人物」の一人だった。何故か。


それは、甲本ヒロトさんが談志さんの大ファンを公言していて、雑誌のインタビューなどでも「生れ変ったら何になりたいか」という問いに対して「立川談志の弟子になりたい」と答えるほどの、それは熱の入れようで、僕は「一体談志さんの持つ何が甲本ヒロトをそれほどまでに魅了するのか」と、大いに気になっていたからなのだ。


うん。

そういえば、清志郎さんの時もそうだったなあ。
ヒロトが清志郎さんの告別式で弔辞を読んで、それまであんまり興味が無かったRCの曲を聴くようになり、その結果、気付けば清志郎さんのファンにもなったという。

つまり、好きな人の「好き」ってのには、とても興味があるということ。




それと、もう1つ、しみじみ感るのは、「スター」だろうが、「カリスマ」だろうが、やっぱり最後に待っているそれは・・・という諸行の無常について。


こういう時に僕は、

「人間ってヤツは、ウンザリするほど平等だよなあ」

と思うのです。





大成功を収めた人も、借金まみれの人も、富者も、貧者も、イケメンも、不細工も、100万人から愛された人も、誰からも相手にされなかった人も、・・・最後は皆・・・。




なんてことを考えながら、今を生きています。