数学は中学校の時にザセツしたので、自分の中では結構トラウマみたいになっていて、でも、flashとかで自分のやりたい表現を実現するためには、どうしてもこの「数理」というものを避けて通ることが出来ないわけで・・・。
そんなわけで、今更ながら中学生レベルの数学を学び直している今日この頃。
そんな中、今日は大きな進展と言うか、1つの大きな発見があった。
それは、学生時代、数学につまづいたまさに「原因」「原点」とも言うべき「疑問」に対して、ようやく自分の中で解答が見つかったということだ。
それが、「÷と×のトリック」である。
例えば、「8÷4=2」という計算式を、わり算を知らない子供に教える場合、あなたならこれをどう説明するだろうか。
おそらく大抵の人が「ケーキ」とか「りんご」とかを持ち出してきて、「これを4人で平等に分けたら、一人に2つ程ゆき渡るでしょう。これがわり算です」という説明をするのではなかろうか。
これである。このイメージをわり算の全てと思い込んだために、ぼくは数学に大きくつまづき、その後の数学の授業を全て台無しにしてしまったのではなかろうか・・・なんつったってわり算は、計算における基本中の基本なのだ。
前述の説明方法は、わり算のことをまだ「半分」しか説明していない。
つまり、前述の考え方だと、わる数が「小数点以下」だった場合にどうそれを解釈したらいいのかわからなくなってしまう。「8個のりんごを0.5人で分ける・・・?」
これだ!
日本全国に、ここで数学につまずいた人がおそらく五万といることだろう。
つまり、わり算とは「割る(分ける)」だけでは説明不足で、もう1つ「含まれる数を調べる」という大きな意味を持っているのである。
同様のことは「かけ算」にもいえるだろう。
この辺をスッキリさせておくだけで、数学がどれほど楽しいものになるか・・・。
1000年の呪縛から開放されたような、それは爽快感であった。
そんなわけで、今更ながら中学生レベルの数学を学び直している今日この頃。
そんな中、今日は大きな進展と言うか、1つの大きな発見があった。
それは、学生時代、数学につまづいたまさに「原因」「原点」とも言うべき「疑問」に対して、ようやく自分の中で解答が見つかったということだ。
それが、「÷と×のトリック」である。
例えば、「8÷4=2」という計算式を、わり算を知らない子供に教える場合、あなたならこれをどう説明するだろうか。
おそらく大抵の人が「ケーキ」とか「りんご」とかを持ち出してきて、「これを4人で平等に分けたら、一人に2つ程ゆき渡るでしょう。これがわり算です」という説明をするのではなかろうか。
これである。このイメージをわり算の全てと思い込んだために、ぼくは数学に大きくつまづき、その後の数学の授業を全て台無しにしてしまったのではなかろうか・・・なんつったってわり算は、計算における基本中の基本なのだ。
前述の説明方法は、わり算のことをまだ「半分」しか説明していない。
つまり、前述の考え方だと、わる数が「小数点以下」だった場合にどうそれを解釈したらいいのかわからなくなってしまう。「8個のりんごを0.5人で分ける・・・?」
これだ!
日本全国に、ここで数学につまずいた人がおそらく五万といることだろう。
つまり、わり算とは「割る(分ける)」だけでは説明不足で、もう1つ「含まれる数を調べる」という大きな意味を持っているのである。
同様のことは「かけ算」にもいえるだろう。
この辺をスッキリさせておくだけで、数学がどれほど楽しいものになるか・・・。
1000年の呪縛から開放されたような、それは爽快感であった。