短大を卒業して最初の年。つまりそれは、社会の荒波に飛び込んだ記念すべき第一歩の年だった。
当時考えていたこと、それは、兎にも角にも、1にも2にも「絵」「絵」「絵」。「絵描き」として身を立てること以外、それ以外は何も考えていなかったのではなかろうか。
そんな気持ちでいたものだから、アトリエスペース最優先ということで、名古屋近郊で探し出したのが「海部郡美和町」というところにあるアパートだった。とにかく古い建物で、でも部屋数は沢山あって、そんなアパートでの生活は、次から次へと試練の連続だった。
「ゴキ○リ」の試練。「大ネ○ミ」の試練。・・・一応彼ら「だけ」で済んでくれればまだ我慢も出来たのだろうが、そこにきわめつけの「ダ○」の試練ときたものだから、もう堪らない。
身も心もダ○やネ○ミに蝕まれながら、そんな時に派遣社員としてお世話になっていたのが、たしか「蟹江町」というところにあった洋菓子の工場だった。
従業員の構成は、一握りの幹部社員と、あとはみんなブラジル系(?)の外国人労働者だった。
最初は「洋菓子」のイメージから、甘く、陽気な職場をイメージしていたが、それは大きな間違いで、現実といえば、オーブンの熱で灼熱地獄と化した工場内、そして一体何十リットル入るんだっていうバカでかいボウルで生地をかき回して、それを右へ左へあっちへこっちへ休む間もなく。
外国人労働者の中には老若男女、いろんな人達がそこにはいたけど、なかでも「オスカルさん」はなかなかスゴ腕の人で、・・・シルベスタ・スタローンにどことなく雰囲気が似ていたような、似てなかったような。
・・・て、結局何が書きたかったんだろうな、今日のブログは一体さ。
当時考えていたこと、それは、兎にも角にも、1にも2にも「絵」「絵」「絵」。「絵描き」として身を立てること以外、それ以外は何も考えていなかったのではなかろうか。
そんな気持ちでいたものだから、アトリエスペース最優先ということで、名古屋近郊で探し出したのが「海部郡美和町」というところにあるアパートだった。とにかく古い建物で、でも部屋数は沢山あって、そんなアパートでの生活は、次から次へと試練の連続だった。
「ゴキ○リ」の試練。「大ネ○ミ」の試練。・・・一応彼ら「だけ」で済んでくれればまだ我慢も出来たのだろうが、そこにきわめつけの「ダ○」の試練ときたものだから、もう堪らない。
身も心もダ○やネ○ミに蝕まれながら、そんな時に派遣社員としてお世話になっていたのが、たしか「蟹江町」というところにあった洋菓子の工場だった。
従業員の構成は、一握りの幹部社員と、あとはみんなブラジル系(?)の外国人労働者だった。
最初は「洋菓子」のイメージから、甘く、陽気な職場をイメージしていたが、それは大きな間違いで、現実といえば、オーブンの熱で灼熱地獄と化した工場内、そして一体何十リットル入るんだっていうバカでかいボウルで生地をかき回して、それを右へ左へあっちへこっちへ休む間もなく。
外国人労働者の中には老若男女、いろんな人達がそこにはいたけど、なかでも「オスカルさん」はなかなかスゴ腕の人で、・・・シルベスタ・スタローンにどことなく雰囲気が似ていたような、似てなかったような。
・・・て、結局何が書きたかったんだろうな、今日のブログは一体さ。