これまで僕は「ヤクザ」について、何も知らなかった。ヤクザもののドラマとか映画にも全く興味がなかったし、触れる機会もなかったのだ。
ただ、僕は暴力が嫌いで、だから「暴力団」が嫌いだった。
テレビなんかで「暴力団根絶」とか言ってるのを見て、「そうだ、そうだ、そんなもの早いとこ、キレイサッパリ一掃してしまえ」とかって思っていた。
この度、僕は父の薦めで「憚(はばか)りながら」という一冊の本を読んでいる。
これは元・山口組直参・後藤組組長の後藤忠政という人が、出家してお坊さんになったことを機会に己の半生を赤裸々に綴った自叙伝(暴露本?)で、その内容の過激さから、なかなか一般の書店では手に入らないという。amazonくらいでしか手に入らないという。父もamazonで購入したそうな。
とりあえず昨日、半分くらいまで読んだが、そこで僕は
「ヤクザ」
と
「暴力団」
の違いを学んだ。
そして「必要悪(ひつようあく)」ということを学んだ。
ヤクザは必要悪・・・つまり、世の中にはそれが「必要」だったということ。
それをキレイゴトの正義で一掃してしまった現代は、明らかに調和を失っている、そう僕は思った。
僕は、集団リンチとか集団○○とか、そういう、集団の力に威を借る「悪」が大嫌いだ。
でも、「悪」にもいろいろな種類があるんだな。それは決して一括りにしてしまえるものではなかったんだ。
だいたい、現在の警察は果たして「正義の味方」か?と問われたら、誰もが回答に悩むだろう。
まあ、これは殆んど「時代」のせいなのだろう。
警官やっても、教師やっても、・・・理想の追求が許されない時代。
波風立てず、ルールに従う。「それが賢く生きることだ」といわれる時代。
つまり、人間らしい人間がすべて一様に生き詰まる時代。
僕はこの本を読んでいて、過去の古き良き頃の日本に思いを馳せて、恋焦がれた。
いや、といっても、実際に過去の日本が本当に「理想社会」だったかどうかなんて、そんな確証はどこにもないんだけど。