>過ぎていった時は 「錬金術」を使う 良くも悪くも 使う
とは、マーシーこと真島の昌利さんのコトバだが、
まさに、その通りだと思う。
つまり「過去」は「絵」であり、「オブジェ」であり、一切脈動せず、会話も出来ず、変化もない。
だから、終わった恋なんて、皆さっさと忘れてしまえばいいのだ。
僕の場合、終わった恋はブログのネタとして再利用させてもらう。
ハッキリ言って、そこには何の思い入れもない。
只、過去の事実を出来るだけ事実そのままに、尚且つ、分かり易く、そして面白可笑しく脚色もし、・・・いかに読み手を楽しませることが出来るか、ということだけを考える。
それは例えば、かつてなら「大槻ケンヂ」さんとか、「みうらじゅん」さん、現在なら「峯田和伸」さんなんかが、まさにその「しょっぱい思い出の再利用」のプロフェッショナルであり、あの人達の作品というのは、僕にとって大切な「お手本」でもある。
「浅野いにお」さん、「花沢健吾」さん、「森見登美彦」さんなんかの場合は、そこにファンタジーやフィクションの要素を絶妙に配合して再構築させているけど、基本的なところには前述の方々と同じ「匂い」をそこに感じる。
「女は芸の肥やし」
という言葉があるが、それに対抗して僕は、
「コムを振った女はブログネタにされる」
という名言を残そう。
導火線バチバチ。
今この瞬間「だけ」なんだよ。「だけ」でいいんだ。
余所見すんな。浮気すんな。「今」だけをさ、全力で愛スんだよ。
そうすりゃあね、あとは勝手に「過去」も「未来」も輝きだすんだよ。
ていうか、とにかく俺はめむいんだよ。
今も半分は夢の中だよ。