おそらく誰の印象にも強く残っている「天空の城ラピュタ」の、あのシーン。


シータとパズーがドーラ一家の空中母船「タイガーモス号」で働くことになった時、

シータのもとに、ドーラの子分たちが1人、また1人と次々集まってくる。


「あッ、お前もか!」


とかいいながら、しまいには子分達全員がシータの居る狭い部屋に集まってきてしまう。

・・・とにかく、みんなシータと仲良くなりたい。


宮崎作品のヒロインは、絶対に「差別」をしない。「偏見」も一切ない。醜いもの、邪悪なものにまで、


「平等の愛」


を与える。


そう。それはまるで「聖母」だ。


「聖母」と


それを慕って集う


「(ちょっと可哀相な)男達」


という、この図式。


これはもはや、宮崎アニメにおける「常套手段」と言えるだろう。


もしかしたら、この図式への強烈な「憧れ」こそが、駿さんのアニメ制作へのモチベーションをずっと支え続けてきたのかもしれない。


駿さんの、「聖母」へのとても強い憧れ。



ところで。


パズーは何故あのシーンで、「俺のシータに近づくな!」とかって言いながら、あの部屋に闖入(ちんにゅう)してこなかったのだろう。


シータへの熱烈な愛ゆえに嫉妬の鬼となり、周りに当り散らかして、シータを独占しようとするパズー。


・・・もう、「幻滅」どころの話じゃないよね。


まぁ、あり得ない話だな。彼は、エンジンルームで一心不乱に助手の仕事をしていた。


うん。


パズーはカッコいい男だ。


そして、


僕は・・・その「嫉妬の鬼」となることが、たまにある。



つまり、僕は「パズー」ではなく、


どちらかというと「ムスカ」なんだよ。残念ながら。



俺はあの、


「メガネが~っ!」


「メガネが~っ!」


でお馴染みの


『ムスカ大佐』


みたいな男なのだよ。


ふふふふ。



「バルス!」


ってね。


・・・もはや消えて無くなりたいよ。


木っ端微塵にさ。