彼は命の恩人だ。


そう、・・・それはあなたのことだ。


確かにそれは、そこにある-ゴッホ「夜のカフェテラス」

「フィンセント・ファン・ゴッホ」


・・・今回、性懲りもなく僕はまた、「思い込みの恋」に落ちたんだ。


そして、その相手を巻き込んで、無意味に彼女を傷をつけた。完全な僕の空回りで。


それが独りよがりな行為だと気付くと、自己嫌悪で堪らなくなった。


何もしたなくない。彼女のいない世界には、何の価値も見出せない。それは彼女に対する完全な妄想&依存状態。気付けばもう、自分の存在を許すことが出来なくなり、この世から消えてなくなりたいとすら思った。


会ったこともない、年齢すらも分からない、そんな関係の人に対して。


こんな心境は実に数年振りだったけど、・・・僕は死ぬほど苦しかった。何も手につかないから、頭から布団をかぶって、必死になってヒツジを数えた。何もしたくないのに、眠れもしない。僕は自分の小男ぶりを再認識しながら悶絶してた。



そんな時である。僕が「彼」のことを思い出したのは。


「不遇の画家」

「生前に売れた絵はたったの一枚だけ」


慌ててベッドから飛び起きた僕は、PCを立ち上げて、Googleで彼の名 を検索したよ。

そして「ウィキペディア」でその生涯を順に追っていく。

するとどうだ。・・・あれほど僕を苦しめていた心の激痛が、たちどころに消えていくじゃないか!


7年勤めた会社を「失恋」をきっかけに辞め、27歳の時に「初めて」絵を学び始め、それから37歳で亡くなるまでの10年間、自分の耳たぶをナイフで切り落としたり、挙句、精神病院を入退院しながら、あの数々の名画をこの世に残した。


・・・ゴッホとは、そういう作家だった。


「お前みたいなヤツでも、生きてていいんだよ?」



彼の壮絶な生涯が、僕にそう告げてきた。生きる勇気が湧いてきた。


僕は正気を取り戻した。


なんとも痛快な話じゃないか。



「今では、あなたの絵は、・・・世界中の人から愛されているよ?」



世間なんてさ。常識なんてさ。


あいつらの目は、みんな「フシアナ」なんだよな?