最近のぼくは、「妥協」ということを覚えようとしている。いや、正確に言えば、別にそれは妥協でもなんでもなくて「真理に近づいた」ということなのだろうけど・・・。
「あれも欲しい これも欲しい」から、
「分相応に欲しい」
へと、どんどん考え方がシフトしている。
以前のぼくだったら、自分の彼女が、美人であればあるほど嬉しかったんだろうと思う。自分との「釣り合い」なんてものは一切考えていなかった。よりキレイな女性を隣に置いておくことが出来れば、それで人生の勝利者にでもなれると思っていた。
今でも勿論、可愛い女子を見ることは好きである。そこは全く相変わらずなのだけど、でも、ぼくにとっての本当の安心とか幸福はそこには無いのだろう、と考えるようになったのだ。ぼくは人間的成長を遂げ、また一つオトナになったようである。
でも、だからといって、もう外見はどうでもいいなんて、そんな達観も、ぼくには絶対無理だろう。
そこでぼくは、それら両者の「折衷案」を採用することにした。それはつまり、「一点集中主義」とでもいおうか。
どこか一つでも、他には真似できない優れた何かを、たとえ一コでも持っていれば、それでいいじゃないか。そういう考え方である。
バストがあれば、それでいい。(でも、)
(でかけりゃいいって、もんじゃない。)
横顔美人なら、それでいい。
写真映り良けりゃあ、それでいい。
化粧映えするなら、それでいい。
アヒル口なら、それでいい。
笑顔可愛けりゃあ、それでいい。
寝顔可愛けりゃあ、それでいい。
八重歯があるなら、それでいい。
コエ可愛いければ、それでいい。
・・・あなたには何かありますか?
だが!
・・・おれには何があるのだろう?ヒトサマに誇れる何かがあるのだろうか。探してみたけど、見当たらない。こいつは参った。ぼくはどうすればいいのだろう。チャットモンチーの言葉を借りるなら、
「今さら後には引けません」
何か1つでもいいから、誇れるものをぼくも持たねば!
おしりがあれば、それでいい。
おしりがあれば、それでいい、・・・のか本当に?

