人が死んだ後に行く「地獄」ってのは、人間自身の「念」によってつくりだされるんだって。
怒りまくって四六時中プンプンしていた人の念が「焦熱地獄」をつくりだし、
他人を誰も信じられなくて一人孤独を貫いていた人が「極寒地獄」を・・・、といった感じだろうか。
「ふ~ん」
・・・この3次元世界に生きているぼくには、イメージは出来ても、実感的な理解はなかなか出来ない。
ところで。
ぼくは今、このブログというものに、思いっきり行き詰っている。・・・始めてからまだ、たったの一ヶ月なんだけど(笑)。
ぼくは日頃、心の中で世の中を批判しまくっている。・・・本屋へ行けば、
「どれもこれもゴミみたいなつまらん雑誌ばかりだ。以前はちょっと期待できていた『ジャンプ』も『ロッキンオンジャパン』も『音楽と人』も、最近じゃ立ち読みする気すら起こらねえ」といい、また、CD屋に行けば、
「ミュージックシーンも廃れたモンだ。何にもワクワク出来ねえし、これじゃあせっかく大好きなタワレコ来ても、タダの試聴すらしたくねえ」と吐き捨てる。
そして今度、家に帰ったら帰ったで、パソコンを開いて、
「ブログなんて、どいつもこいつもくっだらないこと書いて自己満足しやがって・・・FAXッ!」
・・・ヒロトの言葉を借りればまさに「宣戦布告 手当たり次第」なぼくなのである。
しかし、「批判」というものは只相手を攻撃するだけで終わらせてはもらえない性質を持っている。つまり、
「じゃあ、オマエにはそれが出来るのかよ」
と、自分の放った批判は、そのまま自分に向かって返ってくることになるのだ。
ぼくという人間は、いつもこれに、まんまとハマるタイプなのだ。
他人に読んでもらう以前に、最強無敵の批評家である「俺」が、ぼくを怖い目で監視しているんだ。適当な文章を書こうもんなら、即刻その「俺」がぼくを責め立てる。
「口では偉そうなこといってたが、結局オマエも世の中のクダラナイ連中と同類なんだな」
・・・気が付けばぼくは、たかがブログ記事一つ書くのに、心の底から悩み、巨大なストレスを抱えているわけである。
ぼくはこれと同じことを数年前にも経験している。このブログにもリンクが貼ってあるぼくのホームページを見ていただければわかると思うが、ハタチくらいの頃ぼくは「一日一枚必ずイラストを描き上げる」というルールを自分に課して、同じように「俺」監視の下、そのときは無事に5~60枚のイラストを描き上げたが、とはいえブログ同様にぼくは当時も「死ぬほど」苦しみながら描いていた。
ぼくはいつもこうなってしまうんだ。
誰がぼくを苦しめているわけじゃない。
誰に苦しめられているわけじゃない。
ぼくがぼく自身で、勝手にぼくの心を痛めつけているんだ。
・・・あれ?これってどっかで聞いたことある話だな。そう、冒頭の「地獄」の話とそっくりだ。
自分がいつのまにか作り上げた「勝手な理想」のドレイになって、一人で勝手に責められ続けている。
これに気付けば「滑稽」の一言なのだが、ぼくはおそらくこれを今後も繰り返すのだろう。
自作自演の「手づくりの地獄」で本気で苦しむ、お莫迦なおれ。
この「輪廻」を脱出せねば・・・おれ達に明日は無い!
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