物心ついて、気が付いた時に、僕はもうすでに「負け組み」にいた。実際に、人間は「勝ち」「負け」で分けられるようなものではないだろう、という「真理」はまあ置いといて、とりあえず、当時の僕が自分自身をそう位置付けしていたことは確かである。



それは例えば、中学・高校と、好きな人は出来て告白するのに、彼女が出来た例がないことだとか、クラスの中で、どちらかといえば「イジメる側」ではなく、「イジメられる側」にいたことなどが、僕に強烈な敗北感を与えたのだろう。



そんな僕がその後の自分の将来に期待をするとすれば、それはもう必然的に「逆転劇」とか「復讐劇」を狙う発想が形成されていく。要するに、



「絶対にいつか、あいつらを見返してヤル」



という発想だ。



しかし、そうなると今度は、「どうやってそれを成し遂げるのか?」という問題が発生する。




その時の僕の頭に思い浮かんだのは、



「ロックバンドでBIGになる」



という、中高生男子の考えそうな実に短絡的で限定的な発想であった。




それだけに当時の僕は、好きなミュージシャンの自叙伝だとか、幼少の頃を語ったインタビューを読むのが大好きだった。自分との共通点(特にコンプレックスの共通項)を見つけ出してきては、そこで勇気をもらって、「そうかぁ。なるほど。おれも行けるなこりゃあ」・・・と、一人で舞い上がるのだった。





SOPHIAの松岡充さんが「黒いブーツ」で、


>いつかお前が言ってた 人生にもしも勝者と敗者がいるのなら お前は俺に何て言うのかな


ラルクのHYDEさんが「Shout at the Devil」で、


>あぁもしもこの俺が 失敗作なら もうすでに完全じゃないことを 認めたら?


なんて歌っているのを聴いて、「あなた達なんて、もうカンペキに『勝者』だし『完全』じゃないか・・・」と、少し疑問にも感じながらも、僕はそこからすごく勇気をもらっていた。




そして、それは最近も変わらない。



BUMPの藤原基央さんが「才悩人応援歌」で、


>得意な事があった事今じゃもう忘れてるのはそれを自分より得意な誰かが居たから




と歌うのも、多少の「?」を感じながらも、僕は「基央さんみたいな人でも、そういうことを考えるのか」と、なんだか勇気と安心感をもらう。





まあ、自分と同じ悩みを抱えているように見えるが、おそらく僕みたいな凡人と、そういう大成した人とでは、同じ悩みでも、その「次元が違う」のだろう。・・・僕も26歳にもなると、さすがにちょっとはオトナになったようである。







まあまあ、・・・ね? はぐれメタル はぐれメタル はぐれメタル 










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